糖尿病性血管合併症

内容
1. はじめに
2.糖尿病と合併症
3.血管内皮細胞の基本的な機能
4.内皮細胞の重要性
5.糖尿病時における内皮細胞の機能変化
【内皮細胞依存性弛緩反応の意味】
【コレステロールと内皮細胞の機能】
【スタチン系薬剤と内皮細胞依存性弛緩反応】
【活性酸素の産生と消去】
 (閑話休題)
【エンドセリンー1と糖尿病合併症】
【糖尿病病態におけるエンドセリンー1産生機構】
【内皮細胞におけるNO合成酵素の活性化機構と糖尿病時における変化】
6.  2型糖尿病病態における内皮細胞の機能変化 
【血管内皮細胞におけるIRS2の役割】
. 糖尿病性細小血管障害 
【細小血管における内皮細胞の性質】
EDHFを介した反応と糖尿病時における変化】


1.      はじめに
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 筆者は糖尿病合併症の研究を20年以上の長きに亘って行っている。その割には研究の進捗が今一つと思われ、内心忸怩たる思いがある。この項では一般的な解説も行いながら、当研究室で行ってきた研究を中心に述べ、糖尿病性合併症がどのような機序によって生じるかを考えてみたい。
 1990年から2007年までの「糖尿病と内皮細胞」に関する論文数の推移を下図に示す。2000年を境に急激に論文数が増加しており、糖尿病性血管障害に関する研究者人数が増加していることが明らかである。



2.糖尿病と合併症
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2型糖尿病は、インスリン抵抗性が原因となり血糖値が高くなる疾病であるが、医療が発達した現在では血糖値の増加による直接的な死亡はほとんどない。糖尿病による死亡原因は、動脈硬化による種々の合併症によるところが大きい。合併症としては、網膜症(失明となる)、腎障害(透析を受けざるを得ない)、神経障害による激しい痛みなどの三大合併症を誘発する。これらの合併症は細小血管障害による。一方、大血管障害としては、心筋梗塞、脳梗塞、壊疽など種々ある。糖尿病による合併症は、細小血管障害と大血管障害に起因し、いずれも血管障害である。つまり、糖尿病合併症は血管病と云っても過言では決してない。下図に示すように糖尿病病態では、AGEs (advanced glycation endoproducts;グルコースがタンパクと結合し種々の反応(メーラード反応)を経た種々の化合物)small LDL(後述)、酸化LDL(後述)などが著明に増加し、これが血管の内皮細胞を障害する。内皮細胞が障害されると、血管の緊張増加による血管収縮、動脈硬化、血栓形成などが生じ、これらの原因によって臓器の血流障害が生じ、臓器機能不全となり、合併症が誘発されることになる。
3.血管内皮細胞の基本的な機能  トップへ
 次の図に示す如く、血管は内側から内膜、中膜、外膜の三層から構成されており、なかでも内膜(内皮細胞)は血管平滑筋の緊張の調節や血栓の防止などに重要な役割を果たしている。




            
1980年、Nature誌上において循環器系の研究上、革命的な論文が掲載された。Furchgottという米国の研究者による血管内皮細胞から未知な弛緩物質が遊離されると云う内容の論文である。この論文の発表以降、循環器系の研究は一変した。その内容を簡単に紹介する(下図参照)。偶然な発見と言われるが、血管内皮細胞を完全に剥がさない状態でアセチルコリン(ACh; acetylcholine)の血管に対する作用を観察すると、左側の図に見られるように弛緩反応が観察された。しかし、内皮細胞を擦(rub)って除去した標本ではアセチルコリンによる弛緩反応は消失した。このことから、アセチルコリンは内皮細胞から何か未知な物質を遊離させ、この物質が血管を弛緩させるのだろうと考えられた。Furchgottはこの現象の発見のみでノーベル賞を受賞した。この実験は誰にでも出来る比較的簡単な実験である。要は偶然の発見と、その発見に対する重要性の洞察力が彼にノーベル賞の栄誉をもたらしたと言えよう。彼の発見から、パスツールの次の言葉を思い出す。「新発見は準備した者にのみ現れる」Furchgott博士が十分な準備をしていたからこそ歴史上に残る偉大な発見をものにしたと云えるかも知れない。
 内皮細胞から未知な物質が遊離されて、その物質が血管平滑筋を弛緩させるという現象がどうしてノーベル賞の対象となったかというと、この未知な弛緩物質の増減は動脈硬化に直結していることがその後の研究によって次々と明らかにされたからだと推測する。その未知な弛緩物質と動脈硬化との関係について概略説明し、その後、糖尿病合併症とこの未知な弛緩物質がどのように関与しているかどうかについて記述する予定であるが、果たして筆者の文章能力で説明できるかどうか、いささか心もとない感じが否めない。



Furchgottの発見以後、その未知な弛緩物質とは何かと世界中の研究者が追い求め、1987年に一酸化窒素(NO; nitric oxide)であることが判明した。では、NOはどのようにして産生されるかについて概説したい(下図)。アセチルコリンが内皮細胞上の受容体に結合すると、カチオンチャネルが開口し、そこからCa2+イオンが流入する。細胞内へ流入したCa2+イオンは、カルモジュリン(calmodulin)と結合しカルモジュリンを活性化する。活性化されたカルモジュリンはNO合成酵素をリン酸化し、活性化する。L―アルギニンがNO合成酵素の基質となり、NOL―シトルリンに変換される。NOはガス分子であるので、かなり自由に拡散でき、平滑筋側と血流側の両方へ拡散する。血流側へ拡散したNOは血小板の凝集を阻害し、平滑筋側へ拡散したNOは平滑筋内の可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化する。可溶性グアニル酸シクラーゼはGTPcyclic GMPへ変換し、cyclic GMPはプロテインキナーゼGPKG)を活性化して平滑筋を弛緩する。なお、内皮細胞の基本的な機能に関しては「内皮細胞の生理学」において概説する予定。




4.内皮細胞の重要性  本ページの上段へ
例えば、糖尿病病態において内皮細胞の機能が障害されると、内皮細胞から遊離されるNOの産生が低下するか、あるいはNOが活性酸素種(O2-; superoxide anionなど)によって酸化され失活する。NOは転写因子であるNF-κBの活性を抑制しているが、NOの産生低下あるいは失活によってNOによるNF-κBの発現の抑制が解放される(下図)。
すると、NF-κBP-selectinVCAM-1などの発現を増加する。単球がP-selectinに緩やかに結合して内皮細胞上をころがりながら接着(これをローリングと言う)する内に次にVCAM-1と強く結合し、結合した状態で内皮細胞下への遊走して、単球からマクロファージへと変化する。LDLが内皮細胞上において酸化された酸化LDLはマクロファージへ際限なく取り込まれ、マクロファージは泡沫細胞となり、プラークを形成する。


                 
         
泡沫細胞がお互いに接着して脂肪コアを形成すると、脂肪コアが内皮細胞を押し上げて血流に曝される。血小板の表面は負に荷電しており、内皮細胞の表面も負に荷電しているので、通常、血小板と内皮細胞は反発しあう。しかし、脂質コアが内皮細胞を押し上げて表面に出てくるとこれに血小板が凝集し、血小板血栓が形成される。次に、フィブリン網の形成(完全な心筋梗塞あるいは脳梗塞)などの一連の反応によって動脈硬化及び血栓形成という状況が見られる(下図)。



上記の過程によって血栓が生じると、当然のことながら血栓の部位以降の血流は止まる。もし、この血栓が心臓に栄養と酸素を供給している冠状動脈において生じると、心筋梗塞となる(下図参照)。



次の図において、糖尿病が心筋梗塞を誘発する頻度について調べている。心筋梗塞の初発および再発は糖尿病患者において著明に増加している。


次に、糖尿病によって動脈硬化がどのような過程によって誘発されるか、その代表的な例を示す(無数にあるが、ここでは一つの例を示す)。上記したように、糖尿病病態ではAGEs が産生される。血糖値が高くなると、まずグルコースとタンパク質が非酵素的に結合し、種々反応が進んでアマドリ化合物となる。アマドリ化合物には、血糖値の指標となるHbA1c やフルクトサミンなどがある。このHbA1c は健康診断などにおいてしばしば見かける文字である。赤血球の寿命は約120日であり、この赤血球内のヘモグロビンが糖化されたものがHbA1cであることから、HbA1c は過去4ヶ月の血糖値を反映することになるが、実際には過去1,2ヶ月のヘモグロビンとグルコースの反応生成物(約50%)であるのでHbA1c は過去2ヶ月の血糖値を反映するものと考えてよい。HbA1c6と出た場合は、血糖値は約120mg/dlHbA1c 7の場合、血糖値は約150 mg/dl に相当する(6以上は要注意となり、KUMAMOTO STUDYによると、8以上からは網膜症や腎症が急速に増加する。因みに、空腹時血糖値は140 mg/dlから、食後2時間血糖値は220 mg/dlあたりから急速にこれらの合併症が増加することが大規模臨床試験において調査されている)。

HbA1cなどのアマドリ化合物は更に反応が進むと糖化最終産物(advanced glycation endoproduct; AGE)となる。この反応過程をメイラード反応という。AGEsには、ピラリン、ペントシジン、カルボキシメチルリジンなど複数が存在する(下図参照)。面白いことには、このAGEs に対する受容体が存在することである。この受容体をRAGEと呼ぶ。RAGE (receptor for AGE)には、少なくとも4種類の存在が知られており、血管内皮細胞やマクロファージその他に発現している。例えば、内皮細胞上のRAGE AGEs が結合すると、活性酸素種が産生され、内皮細胞は酸化ストレスを受ける。内皮細胞が酸化ストレスを受けると、従来抑制されていたNF-κBが活性化され、核内へ入り、種々の物質の転写を行う。内皮細胞の場合だと、上記したようにNF-κBP-selectinVCAM-1 などの発現を増加する。通常、NOこの過程を抑制するが、内皮細胞の機能が障害し、NO の産生そのものが低下していたり、NO が活性酸素によって失活すると、上記の図のように動脈硬化が進行することになる。

血糖値が高くなると、上記したようにAGEsが産生され、そのAGEsは内皮細胞上のRAGEに結合して活性酸素を産生する。したがって、NOは活性酸素の一つであるO2- (スーパーオキシド:酸素に電子が一つ余分に結合したものであり、強力な酸化作用を示す)によって酸化され、NO3- (硝酸イオン)となり不活化する(下図参照)。このO2- Cu, Zn-SOD (Cu, Zn-superoxide dismutase;スーパーオキシドを除去することによりO2- およびこれから生じる活性酸素の毒性から生物を保護する)により消去される。ところが、血糖値が高いとグルコースがこのCu, Zn-SODと結合することにより、このCu, Zn-SODの活性が著明に低下する。したがって、O2- はなかなか消去されないことになる。つまり、血糖値が高くなると、1NF-κBの活性を高めること、2AGEsRAGEに結合することによるO2- の産生、3)グルコースがCu, Zn-SODに結合することによって、O2- の消去が出来ないこと、4O2- の濃度が上がることによってNOが失活する、5)その結果、上記のような動脈硬化が進行することになる。したがって、糖尿病発症後において血糖値をコントロールすることは、動脈硬化に伴う種々の合併症を予防することを意味する。


アマドリ化合物の一つであるHbA1cと合併症との関係を次の図に示す。上記したように、大血管症では脳卒中、脳梗塞、心筋梗塞などを発症し、細小血管症では網膜症、腎症、神経障害などを発症する。


5.糖尿病時における内皮細胞の機能変化 本ページの上段へ

【内皮細胞依存性弛緩反応の意味】  本ページの上段へ

 糖尿病による合併症は、細小血管障害と大血管障害に起因し、いずれも血管障害である。血管障害は内皮細胞の機能低下から始まる。したがって、糖尿病病態における内皮細胞の機能を測定することは極めて重要な測定項目になる。次に、内皮細胞の機能変化はどのように測定するかについて概説する。下図のように、血管を摘出した後、輪切りにして、リング標本を作成する。このリング標本に針金を2個通して一方は固定し、一方は歪み圧力計に固定する。血管が収縮すると、歪み圧力計が引っ張られ、それが電気信号へ変換され、チャート紙に書かれて収縮・弛緩反応が観察される。なお、血管標本を作製する方法として、血管をラセン状に切り、血管標本を短冊状にする方法もある。当研究室では、この2種類の標本作製を血管の径によって使い分けている。血管をラセン状に切る方法は熟練を要する。ここでは、方法を詳細に記述するのが目的ではないので、この点については割愛する。




         

 アセチルコリンやその他の薬物(インスリンなど)による弛緩反応を観察する場合、血管を収縮させてある一定の収縮を維持する必要がある。生体内において、血管は常に交感神経の影響を受けており、一定程度収縮が維持されている。(なお、抵抗血管が過剰に収縮しているのが高血圧である。)したがって、血管を摘出した場合でも生体内と類似な状態にする意味で収縮薬を投与する。収縮薬として通常、交感神経から遊離されるノルアドレナリンを使用するが、その他の薬物(PGF2α、トロンボキサンA2の類似薬など)を用いても良い。ノルアドレナリンの適当な濃度を与えた後、収縮が一定になった後、のようにアセチルコリンを投与して弛緩反応を観察する。アセチルコリンによる弛緩反応は、収縮高に対するパーセンテージで表す。

         

 アセチルコリンによる内皮細胞依存性弛緩反応は、上記したようにNOの産生・遊離による。したがって、NOの量そのものが多いか、NOがスーパーオキシドによって失活するかしないかのどちらかによって決定する。NOの産生量が多くても、スーパーオキシドによって失活されると、弛緩反応は減弱する。つまり、内皮細胞依存性弛緩反応は、NOの産生や代謝の総合的な反応と考えられるので、内皮細胞依存性弛緩反応を観察することは、内皮細胞の機能を測定する最も良い方法と云えよう。


では、アセチルコリンによるNOの産生を介する内皮細胞依存性弛緩反応は、糖尿病の時にどう変化しているか、次のに示す。図の如く、control(健常群)では、用量に応じて弛緩反応が観察されるが、diabetic(糖尿病群)では、弛緩反応の曲線が右に移動(それだけ高濃度のアセチルコリンが必要になる)し、なお且つ、最大弛緩反応が減弱している。(これは当研究室のデータ。)



次に、当研究室において発表した最初の例を示す(下図)。下図の如く、ストレプトゾトシンという薬物によって膵β細胞を破壊した糖尿病では内皮細胞依存性弛緩反応が著明に減弱している。このデータは、1989年に発表し、糖尿病による内皮細胞の機能変化に関しては最も初期に報告したので、この論文の引用率は極めて高い。

 また、この論文では内皮細胞依存性弛緩反応と共に血管内cyclic GMP 量の変化も同時に測定しているので、糖尿病時におけるNOを介した弛緩反応の減弱と云う最初の報告となった。しかしながら、このデータのみではNOの産生が低下しているのか、NOが不活性化されているのか、分からない。



 次に、糖尿病時におけるNO合成酵素の変化を見てみる。これを検討することによって、糖尿病時においてアセチルコリン刺激による cyclic GMP 量の減少とそれに伴う内皮細胞依存性弛緩反応の減弱がNO産生低下によるものか、NOのスーパーオキシドによる不活性化によるものか、どちらに原因があるかが分かる。下図に示すように、Control健常群とDiabetic(糖尿病群)との間に差が無い。(なお、この図ではNO合成酵素のmRNA発現変化で観察している。Aは実際のバンド、Bはそのデータを棒グラフとしてまとめている。)つまり、この糖尿病モデルでは、NO合成酵素の量そのもには変化がないことになる。したがって、このモデルにおける内皮細胞依存性弛緩反応の減弱は、NOがスーパーオキシドによって不活性化されたためと考えられる。興味深いことには、糖尿病群にインスリンを投与すると、NO合成酵素が増加している。しかし、健常群にインスリンを投与してもNO合成酵素は増加しない。

 では、糖尿病群にインスリンを投与した時、内皮細胞依存性弛緩はどう変化するかについて調べたのが次の図である。図の如く、内皮細胞依存性弛緩は見事に改善されている。この場合、NO合成酵素が増加し、NO産生量が増加したことが内皮細胞依存性弛緩を改善したことになる。つまり、インスリンは血糖値を下げる作用だけではなく、内皮細胞の機能を改善する作用、つまり動脈硬化を予防する効果があることを意味する。なお、上記のデータは全てストレプトゾトシン誘発糖尿病モデルを使用しているが、自然発症糖尿病モデルでも同様な結果が得られることを後に確認している。



【コレステロールと内皮細胞の機能】  本ページの上段へ

 2007年の動脈硬化性疾患の新ガイドラインにおいて、「高脂血症診断基準」を「脂質異常症の診断基準」と改め、基準から総コレステロール値が削除され、高LDLコレステロール血症、低HDLコレステロール血症、高中性脂肪血症の3種類として分類された。

脂質異常症の診断基準(空腹時採血)(新ガイドラインより)

LDLコレステロール血症

LDLコレステロール 140mg/dL

HDLコレステロール血症

HDLコレステロール <40mg/dL

高トリグリセライド血症

トリグリセライド 150mg/dL

  この診断基準は薬物療法の開始基準を表記しているものではない。
  薬物療法の適応に関しては他の危険因子も勘案して決定されるべきである。
   LDL-C値は直接測定法を用いるかFriedewaldの式で計算する。
  (LDL-C=TCHDL-CTG/5TG値が400mg/dL未満の場合))
   TG値が400mg/dL以上の場合は直接測定法にてLDL-C値を測定する。

 最近、「コレステロールは高くても良い」と云う情報がマスコミや書籍などで見かける。果たしてそうだろうか。筆者は臨床家ではないので、この点については何とも言えない。そうかも知れないし、そうでないかも知れない。しかし、コレステロールの内皮細胞に対する影響については調べているので、それを紹介したい。マウスに高コレステロール食を与えた後、内皮細胞依存性弛緩反応は、下図の如く著明に減弱した。高コレステロール負荷群に陰イオン交換樹脂であるコレスチラミンを投与してコレステロール(総コレステロール及びLDLコレステロール)を下げると、内皮細胞依存性弛緩反応は著明に改善した。筆者のマウスを使用した実験データからでは、やはりコレステロールは動脈硬化を誘発する可能性があることになる。

ここで用いた陰イオン交換樹脂・コレスチラミンについて簡単に説明したい。コレステロールは肝臓において水酸化され、胆汁酸となる。胆汁酸は胆管を経て、十二指腸へ分泌され、ここでミセルを形成して脂肪の吸収に役立つ。胆汁酸が無いと脂肪の吸収は出来ないので、胆汁酸は脂肪の吸収において重要な役割を果たす。この胆汁酸は、十二指腸あるいは小腸から門脈を経て再び肝臓へ戻る経路がある。これを腸―肝循環という。コレスチラミンは陰イオン交換樹脂であるので、この胆汁酸を吸着して胆汁酸の腸―肝循環を断ち切ることが知られている。この循環が断ち切られると、肝臓におけるコレステロールから胆汁酸への合成が促進されて、肝臓内のコレステロールは減少する。すると、血液中のコレステロールは肝臓へ取り込まれて、血中のコレステロールは減少することになる。

では、糖尿病マウスにこのコレスチラミンを投与するとどうなるのか調べたのが、次の図である。高コレステロール負荷群の場合と同様にコレスチラミンを投与すると、内皮細胞依存性弛緩反応は見事に改善している。つまり、糖尿病病態においてもコレステロールは動脈硬化に重要な役割を果たしていることが、少なくともマウスを使用した実験では明確である。なお、コレスチラミンは薬物ではあるが、樹脂なので消化管から吸収されず、血中へも移行しない。このことから、コレスチラミンの別な作用による間接的な効果とは考え難い。筆者がコレスチラミンを使用した理由がここにある。


上記の高コレステロール負荷マウス及び糖尿病マウスにおける総コレステロール値、LDLコレステロール値はいずれもコレスチラミンによって著明に減少している(下図)。

 上記の結果から、やはりコレステロールは動脈硬化を誘発する可能性がある。しかし最近、「コレステロールは高くても良い」とか「長生きしているヒトはコレステロールが高い」などの情報がマスコミや書籍などで散見する。これらのデータの算出方法に関しては詳細に調べていないが、特にこれといった疾患を有しない一般の方や糖尿病患者を分けて統計を取ったのだろうか。非常に気になるところである。では、実際のデータを見てみよう。下図を見ていただきたい。縦軸は、冠動脈疾患相対危険であり、横軸は、血清総コレステロール値である。総コレステロール値が高くなると、完全に比例してというか、急カーブを描いて冠動脈疾患相対危険(狭心症や心筋梗塞kなど)が増加している。これらのデータは色んなデータの蓄積であることから、信憑性があると思える。

 いやいや、上記のデータは総コレステロール値であり、LDLコレステロールとの関係を調べないと何とも言えないよ、と考える方のために次の図も見ていただきたい。縦軸は、LDLコレステロール値であり、横軸は、血清総コレステロール値である。総コレステロール値が高くなると、完全に比例してLDLコレステロール値が増している。つまり、総コレステロールが増加するということは、LDLコレステロールも増加することを意味する。

 筆者が何故このようなことを敢えて記述するかというと、例えば糖尿病患者さんが、「コレステロールは高くても良い」という情報を一般化して受け取り、安心して高コレステロール食を摂取するのではないだろうか、という危惧である。糖尿病患者さんは、常に空腹状態にある。食事療法と運動療法は欠かせない。しかし、常に空腹状態の時に、「コレステロールは高くても良い」といった情報を受け取るとどうなるだろう。安心してコレステロールの多い食べ物を摂取するのではないだろうか。また、一般にコレステロールや中性脂肪の多い食べ物ほど美味く感じる。

 では、どうして糖尿病の時に、高コレステロール食が良くないか。それは、糖尿病では、グルコースが組織へ運ばれないため血中のグルコースが高く、このグルコースがLDLコレステロールに結合するためと考えて良いと思われる。糖尿病患者さんの血中LDLコレステロールはそれほど高くはない。しかし、これが糖化されると、LDLコレステロールが酸化されやすくなり、酸化LDLへ変化する(下図)。更に、糖尿病病態では、活性酸素を産生する NAD(P)H oxidase(後述)が増加しており、容易に LDL が酸化されやすい状態になっている。この酸化LDLと動脈硬化に関しては上記した。また、脂質を多く摂取すると、インスリン抵抗性になりやすくなる。これらのことから、糖尿病患者さんにおいては、コレステロールの摂取は少し控えた方が良いと思うのが、筆者の考えである。


【スタチン系薬剤と内皮細胞依存性弛緩反応】 本ページの上段へ

(報告は無数にあるが、ここでは当研究室のデータを中心に記述する)

糖尿病マウスや高コレステロールマウスにおいて、コレステロールが内皮細胞の機能を減弱することが上記のデータより明らかとなった。そこで、次にLDLコレステロールの内皮細胞に対する影響とそれに対する改善効果を調べてみる。あらゆる薬剤の中で、コレステロール低下薬であるスタチン系の薬剤が最も良く売れていると言われている。そこで、このスタチン系薬剤であるプラヴァスタチン(商品名:メバロチン)を糖尿病ラットに慢性投与し、糖尿病時に低下していた内皮細胞の機能が改善するかどうかについて検討した。

スタチン系の薬剤は、ラットやマウスに投与してもコレステロールは低下しない。HMG-Co還元酵素にも分子による違いがあり、ラットやマウスのHMG-Co還元酵素にはスタチン系薬剤は効果が無いことが知られている。このスタチンのラットに対するコレステロール低下作用が無い現象を利用して糖尿病ラットにプラヴァスタチンを慢性投与してみた。すると、糖尿病時に著明に減弱していた内皮細胞依存性弛緩反応は完全に改善したのである(下図)。つまり、プラヴァスタチンは、コレステロール低下作用以外に内皮細胞の機能を改善する作用があることになる。

そこで、その機序を追ってみた。健常ラットの血管を摘出し、内皮細胞依存性弛緩を観察した後、健常ラットの血中から得られたLDL(それぞれ0.1 mg/ml, 0.2 mg/ml)を6時間処置してみたが、何ら変化はない(下図の上段)。しかしながら、糖尿病ラットの血中から得られたLDL(それぞれ0.1 mg/ml)を健常ラットの血管に6時間処置してみると、下図の下段に示すように、内皮細胞依存性弛緩は著明に減弱した。このことから、健常ラットのLDLは内皮細胞に対して何も作用を示さないが、糖尿病ラットのLDLは内皮細胞に対して機能を減弱することが明らかとなった。では、健常ラットと糖尿病ラットのLDLはどう違うのか。データがかなり煩雑になるので、ここでは示さないが糖尿病ラットのLDLは極めて酸化されやすいことも本研究によって明らかになっている。また、プラヴァスタチンを糖尿病ラットに慢性投与すると、この酸化されやすい性質が改善することも併せて証明したが、ここでは割愛させていただく。



次に、糖尿病ラットから得られたLDLはどのような性質かについて調べた。まず、糖尿病ラットのLDLを正常血管に0.5時間処置したが、変化はない。次に、糖尿病ラットのLDL6時間処置する前にスーパーオキシドを消去するSODを処置したところ、下図のように内皮細胞依存性弛緩は改善した。また、糖尿病ラットにプラヴァスタチンを慢性投与した後、そのラットから得られたLDLを正常血管に処置してみたところ、内皮細胞依存性弛緩反応は減弱しなかった。つまり、上記のデータから、SODを前処置すると糖尿病ラットのLDLによる内皮細胞依存性弛緩反応は減弱しなかったことより、糖尿病ラットのLDLは内皮細胞においてスーパーオキシドを産生し、NOを失活する作用があることが分かる。また、糖尿病ラットにプラヴァスタチンを慢性投与すると、この性質が消失することから、プラヴァスタチンはLDLを酸化しにくくしている作用があることが分かる。以上より、糖尿病ラットの血中のLDLは、酸化LDLになっていることやプラヴァスタチンは正常LDLから酸化LDLへ移行する過程を抑制することが明らかとなった。



上記は当研究室のデータを中心に記述したが、スタチン系薬剤は下記に示すような優れた作用を示すことから、その他のデータも箇条書きに記述する。

スタチン系薬剤の内皮細胞に対する効果

1)                NAD(P)H oxidaseの発現抑制 スーパーオキシドの産生低下

2)                Cu/ZnSODの発現増加 スーパーオキシドの消去増加→NOの不活化抑制

3)                TNFαの活性抑制 内皮細胞内のNF-κB発現抑制

4)                NO合成酵素の発現促進 内皮細胞におけるNO産生増加

5)                カベオリン低下作用

6)                エンドセリンー1やアンジオテンシン1受容体低下作用(エンドセリンー1と内皮細胞機能障害については後述)

7)                トロンボキサンA2低下作用(血小板凝集低下)

8) アディポネクチン受容体を増加する作用

 上記の1)と2)はいずれも抗酸化に関係した作用であり、3)も間接的に抗酸化と関係している。5)のカベオリン低下作用は興味深い。NO合成酵素はカベオリンから離れることによって活性化されることが明らかになっているので、カベオリンが低下すると、NO合成酵素が常時活性化状態にあることを意味する。

 つまり、スタチン系薬剤は、NOの産生を促すと共にNOのスーパーオキシドによる不活化を抑制することによって、内皮細胞を保護し、動脈硬化を抑制することが次々と明らかにされてきた。もちろん、スタチン系薬剤を考える場合、本来のコレステロール低下作用(LDLコレステロール低下作用)も忘れてはならないが、ここでは内皮細胞・動脈硬化に関連するデータに焦点を当てて記述した。

【活性酸素の産生と消去】 本ページの上段へ

上記の記述により、活性酸素種(O2-, H2O2その他)が内皮細胞の機能障害(動脈硬化に直結)に重要な役割を果たしていることが分かる。次に、活性酸素の産生とその消去について簡単に記し、糖尿病病態においてどのように変化していくかについて概説したい。下図の如く、内皮細胞における活性酸素は主にNAD(P)H oxidaseによって産生される。NAD(P)H oxidaseNADHあるいはNADPHを基質として、NAD+ あるいはNADP+ と電子(e)を産生し、電子は酸素分子と結合してスーパーオキシド(O2-)となる。つまり、酸素分子に電子が一個余分に結合したものが活性酸素の一種(O2-)である。このO2- は、SOD (superoxide dismutase) によってH2O2へ変換され、H2O2はカタラーゼによってH2Oへと変換される。なお、H2O2Fe2+ の存在下において・OHとなり、この・OHDNAの損傷、細胞の障害、あるいはタンパク質を種々修飾して細胞の機能を著明に障害する。

産生されたO2- は上記したように、NONO3- へ変換してNOを不活性化したり、LDLを酸化LDLへと変換する。細胞内へ拡散されたH2O2は、I-κBNF-κBの結合を離し、NF-κBは核内へ移行して転写を開始する(下図参照)。NF-κBによる動脈硬化の発生過程は上記したとおりである。

では、糖尿病病態においてSODはどのように変化するかについて実験してみた。SODには数種あるが、ここではMn-SODとCu, Zn-SODの発現変化を調べている。Mn-SODは主にミトコンドリアに、Cu, Zn-SODは主に細胞質に存在する。下図の如く、糖尿病ラットの血管において、いずれのSODの発現も著明に減少していることが明らかとなった。このことから、糖尿病病態ではO2- の代謝がされにくいことが明らかである。つまり、糖尿病病態の内皮細胞ではNOの不活性化が生じやすくなることを意味する。つまり、動脈硬化が促進されることになる。


(閑話休題)  本ページの上段へ

NOの産生低下や不活性化が動脈硬化に直結することは上記した。つまり、有効利用なNOが低下すると、1)転写因子NF-κBの活性化が起こり、2P-セレクチンやVCAM-1の発現が促進し、3)単球のローリングとそれに続く内皮細胞下への侵入、4)単球のマクロファージへの変換、5)マクロファージが酸化LDLを無制限に取り込み、泡沫細胞への変換、6)プラークの形成、などの一連の現象が生じ、動脈硬化となる。なお、NONF-κBと結合して常時この転写因子の活性を抑制している。NF-κBp-50とp-65と云う二つのタンパク質から構成されている。NOはこのうち、p-50R-SHのところに結合し、R-SNOを形成してこのたんぱく質の活性を抑制する。したがって、有効利用なNOが減少すると、NOによる抑制から解放されてNF-κBの活性化が生じることになる。

では、NOの産生を促進し、抗酸化作用を有し(NOが不活性にならない)、なお且つ、LDLを下げ、LDLから酸化LDLへと変換する過程を下げるような化合物はないだろうか、もしあるとしたら、それは夢の新薬になるに違いないと誰しも考える。実はある。女性ホルモンであるエストロゲンがこのような作用を示す。女性ホルモンであるエストロゲンは、1NO合成酵素の産生、2PI3K/Aktと云う経路を介したNO産生、3LDLを酸化LDLへ変換される過程を障害する、4LDLそのものを下げる作用、5)善玉コレステロールと言われるHDLを上げる作用、6)その他、骨粗鬆症の抑制やアルツハイマー病(女性に多い。男性と比較して1.5〜3倍)の改善作用など、種々ある。

女性では、更年期障害と云う現象がある。更年期から10年以上を経て動脈硬化性疾患、骨粗鬆症、アルツハイマー病などが多発するが、この原因の一つとして、女性ホルモンであるエストロゲンの欠乏が考えられている。20歳から60歳までの心疾患罹病率は、女性は男性の半分以下であるが、60歳以上からは急速に心疾患罹病率が高まる。この原因は上記したように、エストロゲン欠乏によるNOの産生低下、抗酸化作用の消失、LDLの増加、酸化LDLの増加(抗酸化作用が消失するため)HDLの低下など、種々の原因が考えられる。従って、更年期による動脈硬化性疾患には女性ホルモンであるエストロゲン補充療法が提唱されて久しい。

では、他には無いのか?残念ながら、合成された薬としては無いのが現状である。一つだけ、大豆イソフラボンがエストロゲンと似た作用を示すと言われているが、残念ながら筆者はこのことを十分に調べていない。 

糖尿病病態においてO2- の産生はどう変化しているか、これについて調べたのが次の一連の研究である。

【エンドセリンー1と糖尿病合併症】 本ページの上段へ

 1988年のNature誌上において、内皮細胞から遊離されて、血管を持続的に収縮させる新しいペプチド(アミノ酸が21個結合した化合物)の存在が筑波大学医学部・薬理学教室から発表された(Nature, Volume 332, Issue 6163, 1988, Pages 411-415 )。内皮細胞(endothelium)から遊離されるという意味で、endothelin-1(以下、ET-1と記す)と名付けられた。ET-1は初期に血管を持続的に収縮させることから、高血圧の原因物質の一つと考えられ多くの反響を呼んだ。その後、ET-1は血圧の維持にも一部寄与するものの、むしろ各種病態(肺性高血圧、慢性腎疾患、糖尿病など)や発生(顎の発達や消化管の神経節の発達など)において重要な役割を果たしていることが明らかにされつつある。ET-1受容体の拮抗薬は肺性高血圧の治療薬として、米国では承認されている。ここでは、ET-1と糖尿病性合併症との関連について記述したい。

 まず、次の図を見ていただきたい。ストレプトゾトシンと云う薬物によってラットを糖尿病病態にすると、約10週間後には著明な高血糖がみられ、同時に血中ET-1濃度も著明に増加していることがわかる。


 しかしながら、この実験のみでは高血糖と
ET-1産生の関係が今一つ明らかではない。そこで、血管(腸間膜動脈床)を摘出し、栄養液に高濃度のグルコースを負荷してみた。すると、次の図のように比較的短時間内にET-1が産生されることが分かった。この実験よりET-1は糖尿病のかなり初期に産生され、あるいはこのET-1が内皮細胞の障害において重要な役割を果たしているのではないかと云う疑問が湧く。

 ET-1が糖尿病合併症に積極的に関与していると仮定すると、糖尿病動物にET-1受容体拮抗薬を投与すると、糖尿病病態において著明に悪化している内皮細胞の機能が改善する可能性がある。そこで、筆者はET-1受容体拮抗薬(J-104132)を万有製薬から提供してもらい、これを糖尿病動物に4週間慢性投与してみた。すると、下図に見られるように、アセチルコリンによる内皮細胞依存性弛緩反応(NOの産生とNOの代謝の総合的な反応)は著明に改善した。このことは、ET-1は糖尿病の初期から分泌されるので、このET-1が内皮細胞の機能を損なっている可能性が考えられる。次にNO合成酵素の産生量を測定したが、これには著明な変化はなかった(変化がないので、図は示さない)。


 次に、上記したように活性酸素がNOの不活性化に重要であるので、活性酸素の量を測定した。すると、下図のように、糖尿病群においては活性酸素が著明に増加していたものの、ET-1受容体拮抗薬(J-104132)を慢性投与すると、活性酸素の産生は著明に減少し、ほとんど健常群のレベルまで回復していた。やはり、活性酸素が重要だ。上記のデータは、糖尿病群では活性酸素が増加し、ET-1受容体拮抗薬を投与することにより、活性酸素が減少することによって内皮細胞の機能が改善したことを意味する。

  次に、活性酸素を作る酵素の糖尿病病態における変動を見てみる。血管系における活性酸素を産生する酵素は種々あるが、やはりNAD(P)H oxidaseが中心的な役割を果たしている。このNAD(P)H oxidaseは、5つのタンパク質からなる(下図)。NAD(P)H oxidaseの触媒部位であるnoxNADHあるいはNADPHが結合し、NAD+ あるいはNADP+ と電子(e)を産生し、電子は酸素分子と結合してスーパーオキシド(O2-)となる。

NAD(P)H oxidaseは5つのタンパク質からなるが、このうち、一つの指標としてp22phoxを測定してみた(下図)。図にみられるように、糖尿病では増加し、この糖尿病ラットにET-1受容体拮抗薬(J-104132)を4週間投与すると、ほぼ健常ラットのレベルまで回復していることが分かる。

以上のことより、次の一連の現象が推察される(下図)。糖尿病(血糖値増加)病態においてpreproET-1 (mRNA) の発現が亢進し、preproET-1big ET-1(ペプチド)へ翻訳され、big ET-1は変換酵素によりET-1へ変換される。産生されたET-1は、血中へ移行して内皮細胞に作用して内皮細胞内においてNAD(P)H oxidaseの産生を促し、NAD(P)H oxidaseが活性酸素を産生するであろうことはほぼ間違いない。活性酸素が産生されると、NONO3-へ変換し、NOを不活性化する。また、LDLを酸化LDLへ変換し、この酸化LDLがマクロファージへ際限なく取り込まれて、泡沫細胞を形成することになる。



【糖尿病病態におけるエンドセリンー1産生機構】 本ページの上段へ

 糖尿病ではET-1の産生が亢進し、このET-1NAD(P)H oxidaseの産生を促し、活性酸素が産生され、この活性酸素がNOを不活化したり、LDLを酸化LDLに変換されることについて記述してきた。では、糖尿病病態時にどうしてET-1の産生が増加するのだろうか。このことについて調べたのが次の一連の実験である。当研究室では糖尿病合併症に対する有効な治療方法を種々探索している。その一環として、中性脂肪低下薬(ベザフィブラート)も糖尿病合併症に対してその効果の有無を検討した。各種実験の途中で、ベザフィブラートを糖尿病ラットに慢性投与し、内皮細胞の機能を測定する時に試しに血中のET-1濃度も測定してみた。すると、内皮細胞の機能は著明に改善したが、同時に血中ET-1濃度も著明に低下した(下図)。中性脂肪低下薬とET-1産生との関係?どういうことになっているのか、早速実験を進めてみた。

 まず、糖尿病ラットにベザフィブラートを4週間投与し、内皮細胞の機能を測定したところ、糖尿病病態では著明に減弱していたが、糖尿病ラットにベザフィブラートを慢性投与すると、その減弱していた内皮細胞の機能が著明に改善し、ほとんど健常ラットのレベルまで回復した(下図)。今まで、ET-1は活性酸素を産生し、内皮細胞の機能を低下させること、またベザフィブラートを投与すると、血中ET-1が低下することが明らかとなった。したがって、ベザフィブラートによる内皮細胞の機能改善効果はET-1産生を低下し、その結果、内皮細胞の機能を改善するのではないかという疑問が湧いた。

 ET-1の生合成過程を次の図に示す。まずpreproET-1 (mRNA) が産生され、preproET-1は小胞体においてbig ET-1(ペプチド)へ翻訳され、big ET-1は変換酵素によりET-1へ変換される経路が明らかとなっている。

 そこで、preproET-1 (mRNA)を測定してみた(下図)。すると、糖尿病では、preproET-1 (mRNA)が増加していたが、ベザフィブラート投与によってほとんど元のレベルまで回復しているのが分かる。

 以上のことより、中性脂肪低下薬であるベザフィブラートは糖尿病において増加しているET-1を減少させることが明らかとなった。ET-1は、NAD(P)H oxidaseの発現を促進し、NAD(P)H oxidaseが活性酸素を産生することについては上記した。では、糖尿病ラットにベザフィブラートを投与することによって、このNAD(P)H oxidaseの発現はどうなっているかを検討したのが次の図である。NAD(P)H oxidase5つのサブタイプからなっているので、このうちp22phoxを測定した。図の如く、p22phoxは糖尿病において著明に増加し、ベザフィブラートを糖尿病ラットに投与すると、この発現増加が著明に抑制され、ほとんど健常群のレベルまで発現が低下しているのが分かる。

 ベザフィブラートはもともと中性脂肪低下薬である。では何故ET-1の発現を抑制するのか。それを調べるためにベザフィブラートの標的分子(PPARα)の発現変化を追ってみた。転写因子であるPPAR (peroxisome proliferative activated receptor) 3種類ある。PPARαは、主に脂肪酸の燃焼などに関連する酵素が転写されて、この転写因子がベザフィブラートによって刺激されると、脂肪酸の燃焼が促進し中性脂肪が低下することになる。PPARγは、脂肪細胞の成熟に必要な種々のタンパク質{例えば、リポタンパクリパーゼや脂肪酸輸送タンパク質(CD36))}の遺伝子を転写する。PPARδは、脂肪酸のβ酸化や脂肪酸脱共役蛋白(UCP)などの転写に関与し、現在インスリン抵抗性改善との関連において注目されている転写因子である。PPARδの適当な刺激薬があれば、間違いなくインスリン抵抗性を改善する可能性がある。内皮細胞においてもこれらの転写因子は常時発現しているが、糖尿病病態において、PPARαおよびPPARγの発現が著明に低下している(下図)。糖尿病ラットにベザフィブラートを投与すると、これらの転写因子の発現が著明に回復することがわかった。

  以上のことから、糖尿病病態では何らかの原因によってPPARαおよびPPARγの発現が著明に低下しており、これが原因となってET-1の発現が促進されるのだろうと推測した。では、ET-1はどの転写因子によって転写されるかというと、HIFなど種々あるが、主にAP-1C-fosC-junからなる)によって転写されることが明らかにされている。そこで、次のような仮説を立てた(下図)。通常、PPARαおよびPPARγはAP-1の活性を抑制しているだろう、糖尿病においてPPARαおよびPPARγが減少すると、この抑制が抑制され、AP-1の活性が亢進されてその結果、ET-1の産生が促進されるのだろう、と云う仮説である。

  

次に、この仮説を検証してみた。この仮説は、1AP-1c-Junあるいはc-Fos)の発現変化を検討すること、2PPARのうち、いずれか(今回はPPARγ)を刺激した後、血中ET-1が減少するかどうかを検討すること、3)活性酸素(スーパーオキシド)の産生が回復するかどうかを検討することによって検証される。そこで、PPARγの刺激薬であるピオグリタゾンを武田薬品工業から提供して頂き、これを糖尿病ラットに慢性投与した。

下図のように、糖尿病群ではc-Junの発現は著明に増加していたが、ピオグリタゾンを糖尿病ラットに4週間慢性投与すると、c-Junの発現は減少し、ほとんど健常群のレベルまで回復していた。このことから、上記の仮説の一つが検証された。なお、c-Fosの発現は変化していなかったので、図は省略する。

preproET-1からET-1産生までの過程は省くが、血中エンドセリンー1濃度のデータを示す。血中エンドセリンー1は糖尿病時に著明に増加していたが、ピオグリタゾンを糖尿病ラットに4週間慢性投与すると、下図の如く著明に減少し、ほとんど健常群のレベルまで回復していた。このことから、上記の仮説の二つ目が検証された。

エンドセリンー1が増加したということは、当然ながら、NAD(P)H oxidase 活性は増加していなくてはならない。NAD(P)H oxidase活性は糖尿病時に著明に増加していたが、ピオグリタゾンを糖尿病ラットに4週間慢性投与すると、下図の如く著明に減少し、ほとんど健常群のレベルまで回復していた。このことから、上記の仮説の三つ目が検証された。

NAD(P)H oxidase 活性が亢進したということは活性酸素産生量が増加することを意味する。血管における活性酸素の産生は糖尿病時に著明に増加していたが、ピオグリタゾンを糖尿病ラットに4週間慢性投与すると、下図の如く著明に減少し、ほとんど健常群のレベルまで回復していた。このことから、上記の仮説の四つ目が検証された。

仮設はこれで全て証明されたことになる。では、肝心かなめな内皮細胞の機能はどうなったのか。ピオグリタゾン処置(つまり、PPARγ刺激)によって、最後は活性酸素の産生が減少することまで証明してきたので、当然のことながら、内皮細胞の機能は改善されなくてはならない。それを検証したのが次の図である。図の如く、内皮細胞の機能はピオグリタゾン投与によってほぼ完全に回復している。

以上のことより、ピオグリタゾンはインスリン抵抗性改善薬であるが、その他にも上記した優れた作用を示すことが明らかとなってきた。また、ベザフィブラートは、もともと中性脂肪低下薬であるが、血管系(特に内皮細胞)に作用して、NOの不活性を抑制する優れた作用を示すことが明らかとなったが、この作用機序にエンドセリンー1が関与していることが筆者らの研究により明らかとなった。

  以上の各種実験成績より、糖尿病合併症の発症機構の一つの可能性として次のような過程が考えられる。糖尿病→PPARsAP-1preproET-1ET-1NAD(P)H oxidase→活性酸素(スーパーオキシド)→NOの不活性化、LDLの酸化などを全てまとめたのが次の図である。

  以上、当研究室において研究してきた糖尿病合併症発症機構について概略説明した。では、上記した発症機構で全て説明できるかと云うと、とんでもない、と云うのが筆者の正直な感想である。糖尿病時にエンドセリンー1が重要な役割を果たしているのは間違いないが、その他に、アンジオテンシン IIとか、TNFαなど色々な因子が絡み合って糖尿病合併症を誘発すると考えてほぼ間違いないであろう。お互いに相互作用しあっていると考えて間違いない。格好良く言えば、”糖尿病性血管合併症の発症機構において、エンドセリンー1などの種々の因子がクロストークしており、これらの因子のシグナル伝達、遺伝子発現あるいはこれら因子の臓器間ネットワークにおける相互作用に関する研究こそが糖尿病合併症の解明に直結するであろう”、となる。実は、このように記述する方が楽ではある。

さて冗談はともかく、アンジオテンシン IIは、むしろエンドセリンー1よりも更に強力に内皮細胞の機能を低下する可能性が高く、無数の論文が報告されている。いつか、暇を見つけてアンジオテンシン IITNFαの内皮細胞機能障害について概説したいと考えている。(筆者独白:実は割と軽い気持ちでこのホームページを立ち上げ、軽いノリで糖尿病の項目を設け、「糖尿病の基礎知識」、「脂肪細胞とインスリン抵抗性」、「糖尿病性血管合併症」のページを作成して、内容を埋めつつあるが、途中から結構重い作業であることに気付いている。しかし、何とか他のページ、特に糖尿病治療薬のページや脂質異常症、についても充実させたいと云う思いはある。少し欲張ったきらいが無きにしも非ずと云う感じだが。)

今までの記述において、内皮細胞の機能を測定する時、全てアセチルコリンを用いて内皮細胞依存性弛緩反応を観察してきた。では、生体内においてもアセチルコリンは内皮細胞に作用しているのだろうか。アセチルコリンは、副交感神経から遊離される化学伝達物質であり、血管系において遊離されている。しかし、次の図を見ていただきたい。

 交感神経及び副交感神経は、外膜から入り、平滑筋層を支配している。しかし、そこまでである。副交感神経は内皮細胞を神経支配していない。では、平滑筋層において遊離されたアセチルコリンは拡散して、血管側へ移動した後に内皮細胞上の受容体に結合するかと云うと、血中にはコリンエステラーゼと云う酵素があり、アセチルコリンはこの酵素によってすぐにコリンと酢酸に分解される。したがって、生体内においてアセチルコリンは内皮細胞に作用しないことになる。では、上記したデータは意味が無いのかと云うとそうでもなく、筆者らはアセチルコリンをツールとして使用してきた。アセチルコリンを使用して内皮細胞の機能を測定する場合、どちらかと云うと、内皮細胞の機能を無理やりに刺激しているような感じがある。しかし、アセチルコリンによるデータは、内皮細胞の機能を測定する際に重要な意味があり、多くの循環器研究者もアセチルコリンを使用している。では、内皮細胞上においてアセチルコリンが作用しないとなると、何故アセチルコリンの受容体が存在するかと云う疑問が湧く。正直言って、分らない。不思議な現象といえる。面白いことに、内皮細胞を培養すると、内皮細胞上のアセチルコリン受容体は消滅する。生体内では、アセチルコリン受容体が存在するのに培養すると消滅するということはアセチルコリンが生体内において、何らかの役割を果たしている可能性があるが、未だ明らかにされていない。

生体内において、内皮細胞を刺激する主要な因子は、血液の流れによるずり応力、インスリン、インスリン様成長因子−1(IGF-1; insulin-like growth factor-1)、女性ホルモンであるエストロゲン、血管内皮細胞成長因子(VEGF; vascular endothelial growth factor)、ブラジキニン、アドレナリン(α受容体、β受容体を介する)、アドレノメジュリンなど種々ある。アセチルコリンによる内皮細胞の活性化(内皮細胞依存性弛緩反応)と上記の各種因子による活性化とは同じか、あるいは異なるのか。実は、かなり異なっている。それを少し概説し、その異なる活性化は糖尿病時においてどのように変化するかを記述したい。

【内皮細胞におけるNO合成酵素の活性化機構と糖尿病時における変化】 本ページの上段へ

アセチルコリンによる内皮細胞依存性弛緩反応については上記した。では、NO合成酵素は細胞内のどこに存在するかというと、カベオラという膜が陥没した様な部位に存在する。カベオラにNO合成酵素がカベオリンー1によって結合している状態が次の図である。核においてDNAを鋳型にしてRNA合成酵素がNO合成酵素のmRNAを産生し(転写)、mRNAはリボソームへ移行し、ここでmRNAを鋳型にしてタンパク質が産生される(翻訳)。タンパク質は小胞体内へ入り、種々修飾を受けた後、ゴルジ体へ運ばれる。ゴルジ体は、生成物の行方を決めるのに関与する。NO合成酵素の場合は、細胞膜へ輸送される(下図)。

卵巣から分泌されるエストロゲンは、1)二次性徴の発現、2)乳腺の発達、3)卵胞の発育、4)子宮内膜の増殖、などの生理作用を示すが、同時にNO合成酵素の産生やNOの産生を促進する。その過程を簡単にみてみる(下図)。エストロゲンが受容体に結合すると、その受容体はDNA上のプロモーター部位(ERBEestrogen receptor binding element)に結合する。すると、NO合成酵素遺伝子上にRNA合成酵素が結合し、NO合成酵素のmRNAを生成する。このmRNAは、リボソーム上においてタンパク質へ変換され、小胞体に運ばれた後にミリスチン酸が結合し、更にゴルジ体へ運ばれた後にパルミチン酸が結合する。ミリスチン酸とパルミチン酸が結合した、NO合成酵素はカベオラのカベオリン-1と強く結合する。通常、カベオリンー1はNO合成酵素の活性を抑制している。

ここで、アセチルコリンによるNO産生過程をもう一度見てみる(下図)。アセチルコリンが受容体に結合すると、カチオンチャネル(陽イオンチャネル)を介してCa2+ が細胞内へ流入する。細胞内へ流入したCa2+ はカルモジュリンと結合し、カルモジュリンを活性化する。活性化されたカルモジュリンは、NO合成酵素を活性化し、NO合成酵素はL-arginineを基質にしてNOを産生する。

次に、NO合成酵素が活性化される過程をもう少し詳細に見てみる。下図のようにカルモジュリンがNO合成酵素に結合すると、カベオリンー1とNO合成酵素の結合が離れる。上記したように、カベオリンー1はNO合成酵素の活性を抑制しているので、この結合が離れると当然のことながら、NO合成酵素は活性化状態となる。活性化されたNO合成酵素はL-arginineを基質にしてNOを産生する。

では、NO合成酵素そのものはどうなっているのか。次の図NO合成酵素の構造を少し詳細に描いてみた。大雑把に記述すると、NO合成酵素はオキシゲナーゼドメイン(酸化部位)とレダクターゼドメイン(還元部位)に分かれる。図では、上にタンパク質のN末端、下にC末端としており、N末端部位に上記したミリスチン酸とパルミチン酸の結合部位がある。以下、N末端部位から順次、アルギニン結合部位、BH4結合部位、ヘム鉄結合部位、カベオリン結合部位、カルモジュリン結合部位、FMN結合部位、FAD結合部位、NADPH結合部位がある。なお、ヘム鉄結合部位にはプロトポルフィリンIX(ヘム)が結合する。NO合成酵素1分子当たり1分子のヘムが結合する。

次にNO合成酵素がNOを産生する過程について概説する(下図)。NADPH結合部位にNADPH が結合し、NADP+ と電子(e)が生成され、この電子が次々と伝播されて最後にヘム鉄結合部位に結合しているヘムに伝播され、ヘムが還元される。ヘムが還元されると、このヘム鉄に酸素が結合し、この酸素から電子が遊離しL-アルギニンへ運ばれてNOL-シトルリンが産生される(この過程はもう少し複雑だが、ここでは省略する。)

以上、NO合成酵素がNOを産生する過程について概説したが、実はもう少し複雑である。通常、NO合成酵素は2分子が対になって(2量体になって)活性化されることが明らかとなっており、この2分子NO合成酵素の結合を安定にするためにBH4(テトラヒドロビオプテリン)が重要な役割を果たしている。特に、糖尿病や脂質異常症において内皮細胞の機能障害時には、2量体のNO合成酵素が少なくなり、1量体となり、NO合成酵素の活性化が低下するとも報告されているが、ここではこれ以上詳述しない。

上記したように、生体内における内皮細胞を刺激する主要な因子は、アセチルコリンではなく、ずり応力、インスリン、インスリン様成長因子−1(IGF-1; insulin-like growth factor-1)、女性ホルモンであるエストロゲン、血管内皮細胞成長因子(VEGF; vascular endothelial growth factor)、ブラジキニン、アドレナリン(α受容体、β受容体を介する)、アドレノメジュリンなどである。これらの因子によるNO産生機構はアセチルコリンの場合と異なるから話がややこしくなる。これらの因子によるNO産生機構を見てみる(下図)。種々の因子がそれぞれの受容体に結合すると、PI3Kが活性化(リン酸化)されて、次にAktが活性化(リン酸化)され、このAktNO合成酵素に結合し、更にheat shock protein 90と云うタンパク質が結合し、NO合成酵素内のセリン残基がリン酸化されて活性化されることになる。活性化されたNO合成酵素はL-アルギニンを基質にしてNOを産生する。これで全てかと云うと他にもNO合成酵素活性化機構があるもののここでは省略する。(酵素が活性化されると云う言葉が良く出てくるが、酵素の活性化とは、酵素にリン酸(PO4)が結合することを意味する。リン酸化に要するリン酸は、ATPから供給される。ATPとは、アデノシン三リン酸であり、アデノシンにリン酸基が三個結合している化合物である。)


6. 2型糖尿病病態における内皮細胞の機能変化 本ページの上段へ

では、糖尿病時におけるインスリンや
インスリン様成長因子−1(IGF-1; insulin-like growth factor-1)によるNO産生あるいはそれによる内皮細胞依存性弛緩反応はどうなっているのだろうか。それを次に調べてみた。今までの多くの実験はマウスやネズミにストレプトゾトシンと云う薬物を投与して膵β細胞を破壊してどちらかと云うと、1型の糖尿病動物を使用して行ってきた。ただ、上記のデータは2型の糖尿病モデルでもほぼ同様な結果が出ることは確認しているので、上記のデータは、1型及び2型に共通した反応と云える(類似のデータが出てくるので、2型のモデルにおけるデータは省略する)。ストレプトゾトシンによって誘発した糖尿病モデルはかなり劇症の糖尿病モデルと云える。そこで、比較的マイルドな糖尿病モデル動物を使用してインスリンやその他の因子による弛緩反応の変化を検討する予定であった。2型の糖尿病モデルは、自然発症糖尿病モデルとしていくつか販売されている。しかしながら、これらの動物は一尾1万4千円と高価であり、当研究室の予算ではとても購入できない。そこで、自ら2型の糖尿病モデルマウスを作製しようと試みた。どうせなら、日本人の糖尿病病態に近いモデルが好ましいだろうと種々検討した。

健常な日本人の血中インスリン値は健常な欧米白人の約半分程度であるが、この基礎的な事実が意外と周知されていないのが現状である。欧米人の場合、肥満になって糖尿病を発症するケースが多いが、日本人の糖尿病は非肥満型のタイプで発症するケースが多い。「糖尿病の基礎知識」の項において、日本人の糖尿病発症は、膵β細胞の機能が十分ではなく、インスリン分泌能が極めて低いことに起因すると概説した。したがって、日本人の糖尿病合併症の発症機構も異なっている可能性がある。

そこで、当研究室は糖尿病動物を作製するに当たり、インスリン分泌不足で、非肥満でインスリン抵抗性を示し、処置から合併症が誘発するまでに約12週間と早く、研究のスピード及び研究費用などの点を大幅に改善する方法を開発した。streptozotocin (STZ) は膵臓β細胞に取り込まれ、ラディカルを生成して遺伝子を破壊し、1型糖尿病を誘発し、糖尿病モデルとして汎用されている。β細胞の遺伝子が破壊されると、直ちに遺伝子の修復作業が行われるが、この修復作業過程において大量のnicotinamide が必要となる。もともと、nicotinamide は生体のエネルギー代謝において重要である。これが遺伝子の修復過程において消費されると、生体におけるエネルギー産生に支障を来し、細胞は死滅することになる。そこで、STZ を投与する直前に大量の nicotinamide を投与しておけば、この修復作業が円滑に行われ、多くのβ細胞が残存すると仮定して実験を行い、インスリン不足の2型糖尿病マウス作製に成功した。

次の図において、このモデルの特徴の一つであるインスリン抵抗性を示す。グルコース(2g/kg)を静注すると、健常マウス及び本モデル(nicotinamide+ streptozotocin)において血中グルコースは30分後をピークに著明に増加するが、この増加の程度が本モデルにおいてより著明であり、血糖値は2時間後まで高濃度を維持し、インスリン抵抗性を示した。この時、血中インスリン値を測定すると、健常群においては30分をピークに著明に増加した後、速やかに元のレベルに戻るが、本モデルではそのピークは小さくなると共に持続的にインスリン分泌が維持されていた。これらのことから、本モデルは2型糖尿病の特徴を示すことが言える。

次に、本モデルの胸部大動脈を摘出し、アセチルコリン、クロニジン(α2受容体の刺激薬、アドレナリンも同様な作用を示す。)、インスリンによる弛緩反応を測定した(下図)。本モデルにおいては、アセチルコリンによる弛緩反応はまだ変化が無かった(なお、糖尿病発症12週以降に測定すると著明な弛緩反応の減弱が見られる)。興味深いことに、アセチルコリンによる弛緩反応は、Akt 阻害薬あるいはPI3K 阻害薬によってほとんど影響を受けなかった(図のAE)。一方、クロニジンやインスリンによる弛緩反応は本モデルにおいて、著明に減弱しており、同時にAkt 阻害薬あるいはPI3K阻害薬の処置によって著明に減弱した(図のBCF)。つまり、これらのことから本モデルは血管合併症を誘発しているが、アセチルコリンによる弛緩反応には変化が無いものの、PI3K及びAkt を介するクロニジンやインスリンによる弛緩反応は著明に阻害されていることになる。では、PI3KAkt のどちらがより重要であるかと云う点について検討した。

次の図のAにおいて、PI3Kp85p110γ)とAktの発現変化を検討している。PI3Kp85p110γ)は本モデルにおいて変化が無いが、Aktの発現は著明に低下している。図のBではそれを棒グラフにまとめている。Aktが活性化されるには、リン酸化される必要がある。それを検討したのが図のCである。アセチルコリンではAktのリン酸化は生じず、クロニジンによってAktのリン酸化が著明であるが、このリン酸化は本モデルにおいて著明に減弱した。

以上のことから、本モデルは、@高血圧を示す、A体重に変化が無い、B処置約12週間後には血管合併症(NO産生能の低下、内皮細胞依存性弛緩反応の減弱)を誘発するモデルであることが証明された。また、本モデルは、自然発症糖尿病モデルと比較して費用が四十分の一で済み、血管合併症誘発まで期間が短いために実験の速度が速まる、等々の2型糖尿病モデルの特徴を示した。本モデルは、インスリン分泌不足型の特徴を示すことから、今後日本人の糖尿病モデルとして有用であると筆者は信じている。

上記のことより、糖尿病の比較的初期は、PI3KからAkt経路を介したeNOSのリン酸化が低下している可能性が示唆された。今後、この方面の研究が進展することにより、糖尿病性血管合併症(大血管障害)の発症機構がより一層明らかになると確信している。

【血管内皮細胞におけるIRS2の役割】本ページの上段へ

 上記したように2型糖尿病マウスでは、インスリンによる弛緩反応が減弱していた。この現象はインスリンによる弛緩反応の減弱と云う事実も重要であるが、もう一つ、重要な可能性も秘めている。非常に重要な現象と思われるので、これを少し説明したい。下図に示すように、インスリンは内皮細胞上の受容体に結合し、主にIRS2を刺激し、PI3KAktが次々とリン酸化されて最後にNO合成酵素がリン酸化され、NOを産生する。一方、アセチルコリン(ACh)が内皮細胞のムスカリン受容体に結合すると、細胞内へCa2+ が流入し、Ca2+ イオンはカルモジュリンと結合し、NO合成酵素が活性化されてNOを産生する。

このように、インスリンとアセチルコリンによるNO産生機序は異なっている。では、IRS2が欠損しているマウスにおいて、アセチルコリンによる弛緩反応はどうなるかを観察したのが次の図である。IRS2欠損マウスにおいて、アセチルコリンによる弛緩反応は著明に減弱している。NO産生過程は異なっているにも関わらず、アセチルコリンによる弛緩反応が低下していると云う現象は、IRS2はインスリンによる弛緩反応に関与するだけでなく、内皮細胞の保護にも重要な役割を果たしていることになる。今後、この方面の研究の充実が待たれるところである。



7. 糖尿病性細小血管障害  本ページの上段へ

糖尿病による合併症のうち、三大合併症(網膜症、神経障害、腎症)はいずれも細小血管の障害による。細小血管が密な臓器において、高血糖状態が維持されると、1)糖毒性、2AGEsの増加、3)ポリオール代謝経路の亢進などにより血管の炎症その他が誘発されると考えられる。かなり大雑把に云うと、糖尿病による大血管の障害にはどちらかと云うとコレステロールや中性脂肪などの脂質やインスリンが関与し、細小血管障害には高血糖が関与すると考えても間違いではない。そんな単純なものではない、とお叱りを受けるかも知れないが、ここではカミソリで切るような記述の仕方は取らず、鉈で割るような記述をしたい。


【細小血管における内皮細胞の性質】本ページの上段へ

動脈は心臓の左心室を出た後、大動脈弓を形成し、大動脈弓からは左鎖骨下動脈、左総頸動脈と腕頭動脈が起こり、腕頭動脈からは右総頸動脈や右鎖骨下動脈が起こる。左右の鎖骨下動脈は左右の腕の方へ行き、腋窩動脈と上腕動脈に分岐する。上腕動脈は橈骨動脈と尺骨動脈に分岐した後、手に至る。左右の総頸動脈は内頸動脈と外頸動脈に分岐し、内頸動脈は脳へ走行し、外頸動脈は顔面に走行する。大動脈弓は下行大動脈に移行し、下行大動脈からは腹腔動脈、上腸間膜動脈、腎動脈、下腸間膜動脈、総腸骨動脈と次々と枝分かれをするが、枝分かれを繰り返して徐々にその直径が細くなる(下図)。

血管の内膜には内皮細胞が存在し、内皮細胞からはNOが遊離することは上記した。では、細小血管でも同様にNOが遊離されるかと云うと、そうではなく、細小血管においてはどちらかと云うと、EDHF (endothelium-derived hyperpolarizing factor) が関与する。これは、物質では無く、内皮細胞が過分極することによって、その過分極電流が平滑筋側へ伝播して平滑筋が過分極し、電位依存性Ca2+ チャネル(VDC; voltage-dependent Ca2+ channel)が閉じ、平滑筋は弛緩する。大血管では、主にNOが内皮細胞から遊離して平滑筋が弛緩し、細小血管では、主にEDHF が関与して平滑筋が弛緩する(下図)。しかしながら、NO合成酵素の遺伝子が欠損したマウスでは高血圧が見られることから、抵抗血管である細小血管においても NOはある程度の役割を果たしていると考えられる。

次に、このEDHFについて概説し、糖尿病性細小血管障害について考えてみたい。内皮細胞上のアセチルコリン受容体にアセチルコリンが結合すると、陽イオン(容量性Ca2+-channelともいう)チャネルが開き、ここからCa2+ イオンが内皮細胞内へ流入する(下図)。このCa2+ イオンはカリウムチャネル(SKCaIKCa)を開くのでカリウムイオンは細胞外へ流出する。プラスに荷電しているカリウムイオンが細胞外へ流出するので、細胞内はその分だけマイナスの方へ傾き、いわゆる過分極状態となる。この過分極電流(e)がギャップ結合を介して平滑筋へ伝播されて平滑筋側も過分極状態(マイナスの方向へ傾く)となる。細小血管では、電位依存性Ca2+-channelVDC)が密である。なお、大血管(胸部大動脈など)では、このVDCはあることはあるが、密度が低く、このVDCを介したCa2+ イオンの細胞内への流入はほとんど無い。高血圧症の治療薬にカルシウム拮抗薬と云う薬物がある。この薬物は、細小血管において、VDCを遮断することによって細小血管の収縮を抑制し、血管を拡張して血圧を下げる。VDCは、いつでも開いている訳ではなく、細胞内の電位がややプラスの方向に傾いた時(脱分極状態)に開く。細小血管は、交感神経の支配を強く受けており、交感神経から遊離されるノルアドレナリンが細小血管上のα1受容体に結合し、常時脱分極状態が繰り返されている。例えば、細小血管に対する交感神経の影響が消失するとどうなるかと云うと、血圧は急激に低下し、いわゆるショック状態となる。つまり、細小血管は交感神経から遊離されるノルアドレナリンによって脱分極を繰り返し、脱分極ごとにVDCが開き、このVDCからCa2+ イオンが細胞内へ流入し、Ca2+ イオンが細小血管の平滑筋を収縮させていることになる。上記のように、内皮細胞が過分極し、その過分極電流が平滑筋側へ伝播されて平滑筋が過分極状態になると、脱分極の状態の時にのみ開くVDCは開かないことになる。これが、EDHFを介した細小血管の弛緩機序である。

 ギャップ結合について:Gap junction は,コネキシンという4 回膜貫通型タンパク質が6つ集まって形成されるコネクソンという中央に穴のあいた構造が,隣り合った細胞のそれぞれの膜にあり,これら2 つが細胞外部分で結合して細胞同士を繋ぐ小さなトンネルのような構造を形成している。イオンや小さな分子(<1 kDa)は gap junction を通過できるので,隣接した細胞間に gap junction が存在していると,細胞同士は電気的にカップリングしていることになる。血管細胞においても,内皮細胞同士,平滑筋細胞同士の gap junction の存在が知られているが,内皮細胞と平滑筋細胞間の gap junction の存在(myoendothelial gap junction)も知られ,これを介した電気的伝導すなわち過分極シグナルの伝達がEDHF シグナルとして重要であることが近年明らかとなっている。

EDHFを介した反応と糖尿病時における変化】 本ページの上段へ

 実際にEDHFを介した過分極反応を見てみる(下図)。腸間膜動脈の平滑筋の膜電位は約 -55 mV程度であるが、アセチルコリン(ACh)を投与すると、細胞内がすっとマイナスの方へ変化することが良く分かる。次に、内皮細胞を擦って除去した血管において(図のb)、AChの反応をみると、上記のような過分極反応は消失している。下図のdを見ていただきたい。dは糖尿病動物から摘出した腸間膜動脈であるが、AChによる過分極反応は著明に減弱していることが明確である。では、どうして糖尿病病態時にはAChによる過分極反応が減弱するのか。この点については現在までほとんど報告されていなかった。上記したように、糖尿病による三大合併症は細小血管障害が原因であるので、上記の糖尿病時における過分極反応の減弱の原因を解明することは、つまり三大合併症の発症原因を解明することに繋がり、またこの減弱を改善できたら、それは三大合併症の治療方法にも結びつくのではないか、と筆者は考えた。そこで、当研究室はこのEDHFを介した反応の変化とその改善について種々検討した。次にこの点について概説したい。

 腸間膜動脈における内皮細胞依存性弛緩反応には、NOPGI2EDHFが関与している(下図)。NOは上記したような機序によって血管を弛緩させるが、PGI2(別名プロスタサイクリン)は平滑筋膜上の受容体に結合し、cyclic AMPを産生し、これが平滑筋を弛緩する。なお、NOおよびPGI2両方とも血流側に拡散し、血小板の凝集を抑制する作用もあり、通常NOPGI2は相乗的な効果によって血小板凝集抑制作用を示すと言われている。EDHFは上記のような過程によって平滑筋を過分極し、VDCを閉じて平滑筋へCa2+イオンの流入を抑制して平滑筋を弛緩する。したがって、この腸間膜動脈の内皮細胞からは色んな弛緩因子が放出されるので、研究上、面白い血管といえる。腸間膜動脈では、三種類の弛緩物質が遊離されると記述したが、実際はNOEDHFがほぼ半分程度の役割を果たしていることが明らかとなっている。

 腸間膜動脈におけるEDHFを介する弛緩反応を検討する時、NO合成酵素を阻害し、なおPGI2の産生を阻害した条件で行う。次の図において、このような条件の下でEDHFを介した弛緩反応を観察している。図のごとく、健常群では、アセチルコリンの濃度に依存して弛緩反応が見られるが、この弛緩反応は糖尿病群において著明に減弱していることが分かる。次に、糖尿病時におけるEDHFを介した内皮細胞依存性弛緩反応の減弱の原因を検討してみた。



 糖尿病時において、腸間膜動脈のEDHFを介した弛緩反応は減弱しているが、これを検討する場合、当初は何から検討して良いか分からなかった。しかし、筆者は以前、腸間膜動脈において不思議な現象を見出していた。腸間膜動脈にアセチルコリンを投与すると、上記したようにEDHFを介する弛緩反応とNOを介する弛緩反応がほぼ半々である。NOを介する弛緩反応は、上記したように平滑筋においてcyclic GMPを産生する。次の図を見ていただきたい。腸間膜動脈の血管において、アセチルコリンを投与すると用量に応じて弛緩反応が見られるが、この時、cyclic GMPcyclic AMPもそれぞれ増加している。弛緩反応は、cyclic GMPcyclic AMPの増加より低濃度で現れるが、この低濃度における弛緩反応はEDHFを介した弛緩反応であろうと推測したが、cyclic AMPも同時に増加するという現象は理解できなかった。

 次に文献を種々検索した結果、Ca2+イオンと結合したカルモジュリンがアデニル酸シクラーゼを抑制したり、活性化することが判明した(下図)。多分、腸間膜動脈においてもアセチルコリン刺激により内皮細胞内のCa2+イオン濃度が増加し、Ca2+イオンと結合したカルモジュリンがアデニル酸シクラーゼを活性化し、cyclic AMPの産生を促すだろうと推測した。産生されたcyclic AMPはホスホジエステラーゼによって、不活性の5’-AMPに代謝される。このホスホジエステラーゼには種々の分子種が存在し、全部で11種類近くあり、更に細分化されて総トータル21種類あると言われている。この中で、一番有名な分子種はホスホジエステラーゼ5であろう。この酵素を特異的に抑制する薬物があの有名なヴァイアグラである。そこで、このホスホジエステラーゼを阻害し、cyclic AMPを分解させず、内皮細胞内のcyclic AMP濃度を上昇した後に、腸間膜動脈におけるEDHFを介した弛緩反応がどのように変化するかを検討してみた。



 上の図において、内皮細胞の過分極電流がギャップ結合(gap junction)を介して平滑筋細胞へ伝播されると記述したが、このギャップ結合は電流を伝播するだけでなく、小さな分子をも内皮細胞から平滑筋細胞へ運ぶ。次の図において、内皮細胞内へ色素を注入した後の色素の拡散をみている。内皮細胞内のcyclic AMP濃度が増加するとこのギャップ結合を介した拡散は著明に増加する(その下の図)。cyclic AMP濃度が増加するとこのギャップ結合を介した拡散は著明にするという現象は、内皮細胞から平滑筋細胞への過分極電流も増加するに違いないと考えられる。そこで、内皮細胞内のcyclic AMP濃度を増加して、EDHFを介する弛緩反応を健常ラットと糖尿病ラットにおいて検討してみた。


 健常ラットの腸間膜動脈を摘出し、EDHFを介する弛緩反応を観察した(次の図)。ギャップ結合はコネキシンという蛋白質から構成されている。このコネキシンは18α-GAによって阻害されることが報告されているので、この薬物の処置してみた。すると、図の如く弛緩反応はほぼ消失した。次に、非特異的ホスホジエステラーゼ阻害薬であるIBMXを処置して、cyclic AMP5’-AMPへ代謝される過程を阻害して細胞内のcyclic AMP濃度を上昇した後にEDHFを介する弛緩反応を観察すると、図の如く弛緩反応は著明に増強された。

 次に上記と同様な実験を糖尿病ラットにおいて検討した(次の図)。糖尿病ラットでは、EDHFを介する弛緩反応は著明に抑制されているが、IBMXを処置すると、その抑制は著明に改善され、ほとんど健常群のレベルまで回復する。

 上記したように、IBMXは非特異的なホスホジエステラーゼ阻害薬である。ホスホジエステラーゼは数種あるが、では、どのホスホジエステラーゼが関与するのだろう。血管に多いホスホジエステラーゼはIIIIVである。そこで、ホスホジエステラーゼはIIIIVの特異的阻害薬を処置した後にEDHFを介する弛緩反応を検討した。次の図に見られるように、EDHFを介する弛緩反応はホスホジエステラーゼIVの特異的阻害薬であるRo 20-1724によってほとんど変化がないが、ホスホジエステラーゼはIIIの特異的阻害薬であるcilostamideを処置すると、健常ラット群および糖尿病ラット群共に著明に改善され、糖尿病ラット群において著明に減弱していた弛緩反応はほとんど健常群と同程度までに回復していることが明らかである。つまり、糖尿病病態では、ホスホジエステラーゼIIIが過剰に産生しており、この酵素がcyclic AMP5’-AMPへ変換することによって、cyclic AMPによるギャップ結合に対する促進的な効果が消失しているのではないかと云う事が推察される。次に、ホスホジエステラーゼIIIの生成に調べるためにそのmRNAとタンパク発現を調べてみた。



 下図のA(実際のバンド)とB(それを棒グラフにまとめたもの)の如く、糖尿病ラットより得られた腸間膜動脈ではホスホジエステラーゼIIIAIIIBmRNAの発現は著明に増加していたが、ホスホジエステラーゼIVmRNAの発現は変化していなかった。また、ホスホジエステラーゼIIIAIIIBのタンパク質量も図のCの如く増加していた。つまり、糖尿病時にはホスホジエステラーゼIIIが過剰発現し、cyclic AMP5’-AMPへ変換する過程が著明に増加し、細胞内cyclic AMP濃度が減少することを意味する。細胞内cyclic AMPがギャップ結合を促進的に調節することは上述した。したがって、糖尿病時には細胞内cyclic AMP濃度が減少し、その結果、ギャップ結合を介して流れる過分極電流が減弱することを意味する。では、糖尿病時にホスホジエステラーゼIIIの量が増加して細胞内のcyclic AMP濃度が減少しているなら、糖尿病ラットにホスホジエステラーゼIIIの選択的阻害薬を慢性投与すると、糖尿病時に見られるEDHFを介した弛緩反応は改善するのではないだろうかと考え、次の実験を行った。


 ホスホジエステラーゼIIIの選択的阻害薬であるシロスタゾールを糖尿病ラットに4週間慢性投与した後、腸間膜動脈を摘出し、EDHFを介する弛緩反応を検討したところ、次の図の如く、弛緩反応は予想通りに著明に改善した。以上の事実から、糖尿病病態では内皮細胞内のcyclic AMP濃度が減少し、この減少がギャップ結合の活性を阻害し、過分極電流を内皮細胞から平滑筋細胞へ流しにくいということが明らかとなった。EDHFを介する弛緩反応は、細小血管障害に関係することから、糖尿病性細小血管に対してはホスホジエステラーゼIIIの選択的阻害薬であるシロスタゾールが有効であることが少なくとも動物実験では明らかとなった。この他に、糖尿病病態時には、cyclic AMP系のプロテインキナーゼAの発現低下や、アデニル酸シクラーゼ(56)そのものの発現低下など、cyclic AMP系全般の機能が低下しているという論文を多数報告しているが、ここではこれ以上記述しない。

 従来、糖尿病性細小血管の治療戦略としては、血糖値を下げる方法しかなかった。しかし、当研究室の業績により、三大合併症に対する新たな治療戦略が見出されたことになる。今後、この方面の研究を更に進展したい。

 実は、EDHFを介する弛緩反応を減弱する要因として、もう一つ、プロスタノイド系の関与があり、この方面の研究も進捗してはいるが、いつか時間が取れたら、この点についても記述する予定である。プロスタノイドの産生を抑制すると、EDHFを介する弛緩反応は著明に改善することから、糖尿病の三大合併症に対して、ホスホジエステラーゼIIIの選択的阻害薬 + プロスタノイド産生抑制薬 + 血糖値を下げる薬物のカクテルを投与すると、著明な効果が得られると確信する。



文責:鎌田勝雄









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