糖尿病の基礎知識


内容

1.はじめに
2.糖尿病の分類
3.インスリン受容体
4.グルコースの流れ
【小腸における炭水化物の消化と吸収】
【肝臓におけるグルコースの取り込み】
【骨格筋や脂肪細胞におけるグルコースの取り込み】
5.IRSタンパクとは?
【加齢と糖尿病】
6.高インスリン血症
【転写因子】
【インスリンによるSREBP-1c発現】
【高インスリン血症による種々の変化】
【高インスリン血症による血圧】
【高インスリン血症による脂肪酸合成と脂肪分解抑制】
7.グリコーゲン分解と糖新生
【概観】
【グリコーゲン分解】
【糖新生】
. ストレスと糖尿病
. 運動とインスリン抵抗性改善作用

1. はじめに

 糖尿病は英語でdiabetes mellitus という。Diabetesはギリシャ語由来であり、本来はサイフォン(通り過ぎる)を意味する。糖尿病の特徴に多飲多尿がある。つまり、ヒトそのものがあたかもサイフォンになったが如く大量の水を飲み、大量の尿を放出する状態を指す。このような事情によりdiabetes という病名になったという。言い得て妙である。

糖尿病という名の如く、尿の中に糖(グルコース;ブドウに多く含まれるのでブドウ糖といわれる)が存在する。したがってその尿は甘い。筆者は糖尿病合併症の研究を20年前から行っている。最初に糖尿病関係の論文を読んだ時、diabetes mellitus という単語が目に入った。当初はあまり語源に対して興味を示さなかったが、そのうち研究に行き詰った時など、糖尿病に関する本を読み、その意味を知って驚いたことがある。そして疑問に思った。最初に尿が甘いと気付いた医師は当然その尿を飲んだに違いないと。では、歴史上誰が最初に糖尿病患者の尿を飲んだのか。いろんな本を読み漁って分かったことだが、どうもインドの医師が最初に飲んだらしい。お釈迦様がまだご存命の時代の医師らしく、相当昔のことである。この医師は天才的な医師だったらしい。以上、少し回り道をしたが、diabetes mellitus mellitus は蜂蜜の意味を持つという。つまり、糖尿病(diabetes mellitus)は、蜜のような甘い尿を一日中放出する病気という意味になる。

平安時代に権勢を誇った藤原道長は糖尿病だったらしい。想像するに、飽食と運動不足がたたったに相違ない。糖尿病になる環境は整い過ぎている。彼は糖尿病による合併症でさぞや苦しんだことだと思う。彼は光源氏のモデルになったと言われているが、果たして源氏物語に小用の話が出ているのだろうか。文学とは全く縁の無い筆者は知る由も無い。しかし、ここでちょっと我々現代人と藤原道長を比較してみよう。どちらが高カロリー食を取っているのか。我々現代人は、さほどお金を出さなくてもスーパーへ行けば、結構多くの食材が買える。特に平安時代にはなかった動物性脂肪を含んだ食材は相当多い。面白いことに、旨い食材ほどコレステロールや中性脂肪が多い。一方、現代人の多くは自動車を所有している。ちょっとした近場までの用事でも自動車を使用する習慣がついており、運動量が昔と比べて激減している。有名な統計のグラフにおいて、糖尿病罹病率の増加と自動車の販売台数の増加が完全に一致している図があった(下図)。さてこうして見ると、現代人は藤原道長が過ごした環境に近くはないだろうか?私はそう思う。しかも始末が悪いことに、現代人のほとんどは毎日ストレスに曝されている。ストレスは血糖値を著明に上げる。なぜ上げるかについては後述するとして、藤原道長と現代人が糖尿病になりやすい環境を比較すると、現代人の方がはるかに整い過ぎているのではないだろうか。

昔と異なり、現在は糖尿病を診断する基本的な方法として血糖値が測定される。では、血液中のグルコースと尿中のグルコースは一体どのような関係になるのか、同じかあるいは少しは異なるのか、筆者は20年前このことに疑問を持ったが、調べてみるとそれほど難しい話ではなかった。尿の生成過程を調べると簡単に理解できる。なにしろ、日本語では病名が糖尿病となっているので、血糖値と尿糖値(?)の違いは知っていておかしくない。

尿は腎臓において生成される。腎臓の糸球体において血液が濾過されて、まず原尿ができる。原尿中の電解質(Na+, Cl-, Ca2+, K+など)や水分などは尿細管や集合管において99% 再吸収(再び毛細血管へ入る)される。残りの1%が尿となる。当然、グルコースも糸球体において濾過され、原尿中にいったん出るが、近位尿細管という部位においてほとんど全部再吸収され血液中へ戻る。もったいないから。しかしながら、近位尿細管におけるグルコースの再吸収能にも限度がある。200 mg/dl を越すと近位尿細管におけるグルコースの再吸収能を超えるので、再吸収されないグルコースが尿の中に溢れ出ることになる。つまり、血糖値が200 mg/dlを超える時から尿に糖が出ることになる。したがって、尿に糖が出る状態は、血糖値が200mg/dl以上を意味するので糖尿病がかなり進行していることを意味する。ただし、食直後は健常人でも尿に糖が出ることがあるが、これは一過性である。また、腎臓に機能障害があり、グルコースの再吸収が十分で無い場合も尿に糖が出る場合があるが、これは腎性糖尿病と呼ばれ、この場合、血糖値は正常である。

上記が血糖値と尿糖値の違いとなる。尿に糖が検出された時はすぐに医師の診断の基に十分な検査を行い、運動療法、食事療法と薬物療法によって血糖値のコントロールを行う必要がある。糖尿病による合併症出現の前から医師の診断と指導の基に血糖値がコントロールできると、数百万円〜数千万円の医療費を節約でき、老後の生活の質(QOL; quality of life)にも雲泥の差が出てくる。合併症(網膜症、神経障害、腎症、四肢の壊疽、心筋梗塞、脳梗塞などは後述)、経済的な側面、生活の質など、いろんな観点から考えて、糖尿病の治療開始は1日でも早ければ早いほど良く、後々大きな差が出てくることは100% 間違いない。

一日一万歩〜四万歩以上歩くと、その歩数に直線的に比例してインスリン抵抗性の改善が見られることが明らかにされている(図参照)。残念ながら一万歩以下はあまりきれいな比例関係がない。健康診断等で血糖値が高めと出た場合はまず医師の診断は当然だが、同時に運動療法を強くお勧めする。しかし、この一日一万歩という歩数は一つの大きな山であり、なかなか一万歩を超えることは出来ない。日常生活の中に運動を取り入れるなどの工夫が必要かも知れない。

糖尿病治療薬にメトホルミン(商品名、メルビン、グリコラン、メデット)という薬物がある。この薬物の薬理作用は、AMPキナーゼという酵素を活性化することにある。運動を行ってもメトホルミン服用と同様にAMPキナーゼが活性化される。そう、極端に言えば毎日一万歩以上歩くことはメトホルミンを服用しているようなものである。

生体では、動脈硬化などの直接の原因となる活性酸素とう悪玉が常時産生されている。活性酸素には複数あるが、ここでは、酸素に電子が一つ余分に結合したスーパーオキシドsuperoxide)に絞って記す。このスーパーオキシドを消去する酵素があり、名前はsuperoxide スーパーオキシドジスムターゼ(superoxidedismutase; SOD)という。SODスーパーオキシド過酸化水素H2O2)に変換する。過酸化水素はカタラーゼによって、水に変換される。運動を行うと、このSODとカタラーゼの両方が増加する。つまり、運動によって動脈硬化が予防できる可能性がある。運動は、血糖値を下げる効果、インスリン抵抗性を改善する効果、肥大化した脂肪細胞を小さくする効果、抗動脈硬化など優れた面がある。以上、運動効果について概略書いたが、詳細については後述する。健康診断において血糖値がやや高めに出た場合は、医師の診断も必要であるが、まず運動を始めることを強くお勧めする。ただし、老人の方は無理な運動は行わず、心拍数が100〜110程度になるぐらいのやや早めの散歩が良いといわれている。


2.糖尿病の分類

 糖尿病は臨床的に4つに分類される。

(1)1 型:自己免疫疾患などの原因により、膵臓β細胞の破壊によりインスリン分泌が絶対的に不足する。著明な高血糖とケトーシスが生じる。インスリンの補給が必須である。

(2)2 型:インスリン分泌の相対的不足によるものと、インスリン分泌はむしろ多いが、インスリン受容体以降の情報伝達が障害されてインスリン抵抗性になるものがある。2型糖尿病は、インスリン分泌に関連する遺伝的な素因と、運動不足や過食(高動物性脂肪食の摂取)、ストレスなどの環境因子および加齢が加わって発症する。具体的には、脂肪細胞の肥大化に伴い、脂肪細胞から遊離脂肪酸、TNFα、レジスチンなどが分泌されることと、アディポネクチンの分泌が低下することによって、インスリン受容体以降のシグナル伝達が障害されることによる。

(3)その他の糖尿病:1)膵臓疾患に起因する糖尿病、2)内分泌疾患(高血糖を生じるホルモン分泌の異常)、3)肝臓疾患、4)薬物や化学物質による糖尿病、5)インスリン遺伝子異常、6)ミトコンドリア遺伝子異常、7)MODY

(4)妊娠糖尿病:妊娠中に高血糖となる糖尿病で、インスリン作用不足によって起こる。生存のためにインスリンが必要なインスリン依存状態と、食事療法などによる高血糖制御や高血糖制御のためにインスリンが必要なインスリン非依存状態がある。

注:MODYmaturity-onset diabetes of the youngの略、若年発症(一般に25歳以下で発症)で、かつ常染色体優性遺伝形式(3世代に渡り同胞の約半数に糖尿病が発症)で糖尿病が認められる家系とされる。)

高血糖と低血糖の原因

3.インスリン受容体

 以下、インスリン受容体について概略記す。インスリン受容体は図の如く2個のαサブユニットと2個のβサブユニットから構成されている。αサブユニットは膜の表面に露出しており、インスリンが結合する部位である。βサブユニットは細胞膜を貫通しており、インスリンがαサブユニットに結合すると、受容体の構造変化が生じ、βサブユニットがリン酸化される。βサブユニットがリン酸化されると、これは受容体であると同時に酵素活性を示し、インスリン受容体基質(IRS; insulin receptor substrate)を活性化(リン酸化)する。以下、次々と玉突き現象の如くリン酸化反応が生じる。例えば、肝臓では、グリコーゲン合成を促進し、骨格筋や脂肪細胞ではグルコースを取り込み、脂肪細胞では中性脂肪の分解を抑制し、膵β細胞では細胞増殖などに関与する。各シグナル伝達に関しては後述する。

4.グルコースの流れ

グルコースの流れを追ってみる。血液中のグルコースは食事由来と、生体内で産生されるものと二つあるが、ここでは食事由来のグルコースの流れを追ってみることにする。なお、生体内において産生されるグルコース(糖新生やグリコーゲン分解)に関しては後述する。

【小腸における炭水化物の消化と吸収】

食事により摂取された炭水化物は、唾液アミラーゼによってわずかに分解されるものの、小腸において更に数十倍強力な膵αアミラーゼによって分解され、二糖類になる。二糖類は、小腸粘膜上(刷子縁膜上)に存在するαグルコシダーゼ(マルターゼ、サッカラーゼ、ラクターゼ)により、単糖類(グルコース、フルクトース、ガラクトース)に分解される。

マルターゼは、マルトースを2分子のグルコースに、

サッカラーゼは、スクロースをグルコースとフルクトースに、

ラクターゼは、ラクトースをグルコースとガラクトースに分解する。

 グルコースは、小腸粘膜細胞上に存在するNa・グルコース共輸送担体(SGLT1)によってNaと共に細胞内へ輸送される。細胞内へ輸送されたグルコースはGLUT2によって細胞外へ運ばれた後に毛細血管を経て門脈へ入る。なお、グルコースと共に細胞内へ入ったNaはナトリウムポンプ(Na+, K+ -ATPase)によって細胞外へ汲み出される。

【肝臓におけるグルコースの取り込み】

毛細血管が集まり静脈を経て門脈を形成するが、門脈は肝動脈と合流して肝臓へ行き、肝小葉静脈を経て洞様血管に至る。洞様血管は肝細胞に接する。洞様血管中のグルコース濃度が肝細胞中のグルコース濃度より高いとその分のグルコースがGLUT2 (glucose transporter 2;グルコースの輸送担体) を介して肝細胞中へ運ばれる。次にグルコースは肝細胞中においてヘキソキナーゼ(肝臓ではグルコキナーゼ)によってリン酸化され、グルコース6―リン酸になる。グルコースのリン酸化に要するリン酸はATPから供給される。グルコース6―リン酸は、ホスホグルコムターゼによって、グルコース1―リン酸となる。グルコース1―リン酸とUTPUDP―グルコースピロホスホリラーゼの存在下にUDPグルコース(ウリジン二リン酸グルコース)が産生される。UDPグルコースはグリコーゲン合成酵素によってグリコーゲンとなり、肝細胞において蓄えられる。

このUDPグルコースからグリコーゲンへの合成の時にインスリンが関与する。インスリンが肝細胞膜上のインスリン受容体のうちαサブユニットに結合すると、受容体の構造変化が生じ、βサブユニットがリン酸化される。リン酸化された部位が酵素活性を示し、インスリン受容体基質2(insulin receptor substrate 2; IRS2 がリン酸化され、さらにPI3K(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ)がリン酸化され、さらにAktがリン酸化されて、AktGSK3β(glycogen synthase kinase 3β)をリン酸化し、その活性を抑制する。通常、グリコーゲン合成酵素(GS; glycogen synthase)はGSK3βによって抑制されているが、AktによってGSK3βが抑制されると、グリコーゲン合成酵素はGSK3βによる抑制から解放され、結果的にグリコーゲン合成酵素が活性化されることになる。なお、生体内においては抑制の抑制によって活性化するという現象は多く見られる。肝臓に蓄えられたグリコーゲンはグルカゴンやアドレナリンなどによってグルコースへ分解され、全身へグルコースが供給されるが、骨格筋内のグリコーゲンは骨格筋内においてのみ利用されるのが特徴である。つまり、肝臓は全身へグルコースを供給する臓器の一つとなる。

【骨格筋や脂肪細胞におけるグルコースの取り込み】

では、炭水化物がグルコースに分解されて、吸収されたグルコースは全て肝臓においてグリコーゲンとして蓄えられるかというとそうではなく、肝臓においてグリコーゲンとして蓄えられる分はそれほど多くはない(約30%程度)。残りは全身へ運ばれて、骨格筋(約70%程度)、脂肪組織(数%)や脳において取り込まれる。次に、骨格筋を例にとり、グルコースの骨格筋への輸送について説明したい。インスリンが受容体のαサブユニットに結合すると、βサブユニットがリン酸化され、酵素活性を示し、IRS1がリン酸化される。次にPI3Kがリン酸化され、PDK1 (3-phosphoinositide-dependent protein kinase 1) がリン酸化され、次にPKCλがリン酸化されて、GLUT4 を膜に移動させる(実は移動させる蛋白質も明らかになりつつあるが、ここでは詳述しない)。膜に移動したGLUT4は図のように、グルコースと結合した後、反転し、グルコースを離す。これでグルコースが細胞外から細胞内へ輸送されたことになる。細胞内へ輸送されたグルコースはATP産生に利用されたり、グリコーゲンとして蓄えられる。グリコーゲン合成過程は肝臓の場合とほぼ同様と考えてよい。上記したように、骨格筋内のグリコーゲンは骨格筋内においてのみ利用され、全身の血糖値には影響しない。

. IRSタンパクとは?

 インスリン受容体にインスリンが結合すると、βサブユニットがリン酸化されると共にその部位が酵素活性を示し、インスリン受容体基質(IRS)をリン酸化し、その後、種々の生理作用(シグナル伝達)が生じる。IRSには4種類あり、それぞれIRS1, IRS2, IRS3, IRS4と呼ばれる。このうち、糖尿病との関係においてはIRS1IRS2が重要である。次にIRS1IRS2の分布、機能上の特徴、遺伝子欠損マウスの表現型についてまとめてみる。ノックアウトマウス(遺伝子欠損マウス)の表現型については東大医学部糖尿病代謝内科のデータを参考にしている。

 

分布

機能上の特徴

欠損マウスの表現型

IRS1

大半の臓器

骨格筋、脂肪細胞におけるグルコース取り込み

@   成長障害(大きさが23

A   骨格筋でのインスリン抵抗性

B   膵β細胞の過増殖

C   耐糖能異常なし(高インスリン血症で代償)

D   シンドロームX

IRS2

大半の臓器

(肝臓、膵β細胞、脳に多い)

肝臓におけるグリコーゲン合成

膵β細胞の増殖

@   糖尿病を発症

A   肝臓でのインスリン抵抗性

B   膵β細胞の増殖不全

 ノックアウトマウスの作製方法を開発した研究者(マリオ・カペッキ、マーチン・エバンス、オリバー・スミシー)は2007年にノーベル賞を受賞した。それほど革命的な方法である。この方法は、ある特定遺伝子を薬剤耐性遺伝子に置き換えて、その遺伝子を欠損させる方法であり、その遺伝子から目的タンパク質が産生されないようにする魔法のような方法です。最近ではある特定の臓器あるいは特定の時期に遺伝子をノックアウトする方法も開発されてきている。技術の進歩は想像を超えているように思える。

記のグルコースの流れに記したように、肝臓ではIRS2が、骨格筋や脂肪細胞ではIRS1が主要な役割を果たしている。また、グルコースの取り込みは骨格筋が約70%と多く、肝臓では約30%の取り込みであり少なく、しかも一過性である。これらのことから、IRSのノックアウトマウスのうち、当然ながらIRS1の欠損の方が糖尿病になりやすいに違いないと普通は考える。しかし、上記の表のように実際はIRS2の欠損が糖尿病を発症した。不思議だ。この辺のところが研究の醍醐味といえるかもしれない。もちろん、IRS1の欠損も骨格筋においてインスリン抵抗性を示し、高血圧、高トリグリセリド血症、低HDL血症、高血圧、血管内皮細胞の機能低下等のいわゆるシンドロームX状態を示すが、なぜ肝臓において主要な役割を果たすIRS2の欠損が糖尿病を発症するか。この疑問に対する明快な答えは未だ発表されていないが、上記の表から一つのヒントが浮び上る。IRS1の欠損では膵β細胞の過増殖が見られ、一方、IRS2の欠損では膵β細胞の増殖不全がある。つまり、上記の謎を解くカギの一つとして、膵β細胞の増減に原因があるかも知れない。

次に上記の疑問点を解くカギになるかもしれないので、血糖値の変化と血中インスリン値について調べてみる。何らかの原因(生活習慣による内臓脂肪の肥大化、遺伝因子など無数)により、まずインスリン抵抗性が始まる。つまり、インスリンが受容体に結合しても受容体以降のシグナル伝達が通常どおりにいかない。すると、インスリンが代償的に過剰に分泌され、高インスリン血症状態が続く。この状態が続くと、グルコースが通常通りに取り込まれないため、血管に留まることによって血糖値が上昇する。この辺から糖尿病と診断されると思われる(矢印)。この状態が続くと、膵β細胞が常時過剰のインスリンを分泌することによるβ細胞の疲労、IRS2 の発現低下、その他(β細胞の糖毒性や酸化ストレスなど)による膵β細胞の増殖不全が起きる。この状態は、インスリン抵抗性に加えて、β細胞は減少し、その結果インスリン分泌は不足するので、著明な高血糖になる。では、どのような機序によって高インスリン状態は IRS2 の発現を低下するか。この点については高インスリン血症の項において記述する予定である。以上、「グルコースの流れ」とIRS2 タンパク欠損マウスにおける糖尿病発症の機序について主観を交えて解説した。しかし、こんな単純な考えで糖尿病が発症・進行するとも考えがたい。今後の研究が待たれる。

上図は、イラストレイテッド生化学(石崎泰樹/丸山敬監訳)を参考にした。

 上記のインスリン抵抗性と膵(B)β細胞からのインスリン分泌の関係をみると、下図のようになる。左側の縦軸にHOMA-Rとあるが、これは、homeostasis model assessment insulin resistant indexといわれ、インスリン抵抗性指数の指標の一つである。空腹時グルコース(mg/dlx 空腹時インスリン(mg/dl÷ 405で求められる(グルコースの単位がmg/dlであることに注意。mmol/lではない)。通常、正常値は2未満であり、4以上はインスリン抵抗性と判定される。左側の図において、欧米人と日本人の糖尿病では、インスリン抵抗性が異なり、欧米人の方がインスリン抵抗性は著明に高い。日本人の場合、2を少し超えた時点で糖尿病を発症しているが、欧米人の場合、4を超えている。しかしながら、右側の図においてインスリン分泌指数は、日本人の健常人において半分以下であり、インスリン抵抗性になると更にインスリン分泌が少なくなり、糖尿病病態になるとほとんどインスリンが分泌されなくなる。一方、欧米人の場合は糖尿病が発症してもインスリン分泌能は半分程度になるもののかなり維持されている。つまり、この現象こそが日本人と欧米人の糖尿病発症機構の差であることが示唆される。つまり、膵β細胞が保護されるような薬物が開発されたら、日本人の糖尿病治療は飛躍的に改善される可能性がある。実際、そのような薬物の開発が進められている。この薬物に関しては糖尿病治療薬を参照してください。

長嶋一昭、清野 裕(2型糖尿病の成因)「糖尿病 病態の分子生物学」門脇孝編による。

 以上のことから、日本人はインスリン分泌の少ないヒトが糖尿病を発症しやすくなり、欧米人の糖尿病はインスリン抵抗性が先行するのではないかという疑問が湧き、これらに関しては報告もある(Kosaka et al. Diabetes 26: 944-952, 1977)。いずれにしても、日本人と欧米人との糖尿病発症は、かなり異なっていることが推察される。最近、日本人の糖尿病発症にカリウムチャネルである、KCNQ1が関与しているという報告があった (下図参照)。今後、膵β細胞におけるこのチャネルの性質などが明らかにされると、日本人の糖尿病発症機構が明らかになると共に、日本人の糖尿病に合わせた薬の開発も可能となるかも知れない。このKCNQ1というカリウムチャネルは、心臓において発達しており、心筋の再分極時に開くものと理解されてきた。このチャネルに不具合があると、いわゆるQT延長が起こることから、その方面での研究が主であったが、今後、糖尿病発症との関係において、これから数年はこのチャネルに関する研究が活発になると推測される。もちろん、膵臓におけるIRS2の発現変化に関する研究も重要であることを忘れてはならない。


【加齢と糖尿病】

日本人の場合は特に加齢とともに糖尿病が発症しやすい。これにも膵β細胞の疲労が考えられる。高齢者においては、食前の血糖値は正常だが、食後の血糖値は高い。日本人の場合、もともとインスリン分泌能は低いが加齢とともに膵β細胞が疲労し、インスリン分泌が著明に低下することなどが加齢による糖尿病発症に関与すると思われる。また、加齢とともに、骨格筋の減少に伴う体脂肪の減少と、内臓脂肪の相対的な増加がインスリン抵抗性を誘発する。つまり、高齢者では、インスリン抵抗性になりやすい体になるとともに、膵β細胞が疲労していることから糖尿病になりやすいと考えられる。


では、高インスリン血症状態が続くと何が起きるのだろうか。


. 高インスリン血症

【転写因子】

高インスリン血症について記す前に、転写因子について概説する(転写因子について御存知の方はこの項を読み飛ばして下さい)。DNAには遺伝子が存在し、この遺伝子を鋳型にしてRNAポリメラーゼがmRNAを生成し(転写)、mRNAは小胞体に運ばれ、mRNAを鋳型にしてタンパク質が生成される(翻訳)。では、遺伝子があれば常時タンパク質が産生されるかというと、必ずしもそうではなく、遺伝子からタンパク質へ転写・翻訳されるには、転写因子の存在が不可欠である。転写因子は通常、2つのタンパク質から構成されているが、更にそれらを修飾するタンパク質(Co-activator)などが関与している。なお、エンハンサーに関しては省略します。

転写因子が結合する遺伝子配列も色々ある。例えば、副腎皮質ホルモンである糖質コチルコイドが細胞内の受容体に結合すると、この受容体が転写因子となり、DNA上のAGAACANNNTGTTCTという配列に結合し、転写を開始する。また、女性ホルモンであるエストロゲンが結合した受容体はDNA上のAGGTCANNNTGACCTという配列に結合し、転写を開始する。転写因子がDNAに結合する部位をプロモーターと呼ぶ。つまり、転写因子がプロモーター部位に結合することによって、遺伝子配列上にRNAポリメラーゼが結合し、遺伝子を鋳型にしてmRNAを産生する。 

【インスリンによるSREBP-1c発現

さて、高インスリン血症状態になると、インスリンがインスリン受容体に結合し、IRSがリン酸化されて活性化し、種々の過程を経てSREBP-1c (sterol regulatory element binding protein-1c) が産生される。SREBPにはSREBP-1SREBP2との2種類が存在する。いずれも転写因子である。SREBP-2はプロモーター部位に結合して、HMG-CoA還元酵素(コレステロール合成酵素)遺伝子のmRNA発現を促進する。SREBP-1c はプロモーター部位に結合して脂肪酸合成酵素に関連した種々の遺伝子のmRNAの産生を促進し、mRNAは小胞体においてタンパク質に翻訳される(リボソーム上においてmRNAを鋳型にしてタンパク質が産生され、そのタンパク質は小胞体において折りたたまれて種々の修飾を受ける。産生されたタンパク質はゴルジ体へ移行し、ゴルジ体がタンパク質の行方を決める)。(図参照)

このSREBP-1cは上記の転写の他にIRS2の転写を抑制することが筑波大学糖尿病内科の教室において明らかとなった。(図参照)高インスリン血症状態が持続すると、上記の図のようにSREBP-1cが発現し、これはIRS2遺伝子のプロモーター部位に結合し、IRS2遺伝子の発現を抑制する。したがって、肝臓においてはIRS2タンパクが少なくなると、その下流であるPI3Kの活性化(リン酸化)が抑制され、インスリン→IRS2PI3KAktの各伝達が損なわれることになる。つまり、インスリン抵抗性を示すことになる。

逆に、IRS2のプロモーター部位を活性化する転写因子として、TFE3FOXOなどがある。FOXOはあまり強くなく、TFE3が強力にIRS2の転写を促進するといわれている。したがって、TFE3は糖尿病治療薬のターゲット分子になる可能性がある。通常、TFE3SREBP-1cは拮抗関係にある。つまり、細胞内においてどちらの転写因子がより多いかによってIRS2の発現程度が決まることになる。(図参照)

注:上記においてIRS2 の発現を抑制する転写因子は SREBP-1c のみを記述したが、その他 SREBP-1a 及び SREBP-2 も抑制する。このことを書き忘れています。いや、研究は難しいですね。

【高インスリン血症による種々の変化】

ライフスタイルの変化(食生活の変化や運動不足など)によって内臓脂肪が肥大化すると、内臓脂肪細胞より遊離脂肪酸、やレジスチンなどが分泌されると共にアディポネクチンの分泌が減少する。さらに脂肪細胞の周囲に集まってくるマクロファージからTNFαが分泌される(ここのところは脂質異常症において詳細に記述する予定)。遊離脂肪酸、レジスチン、TNFαはいずれもIRSタンパクをリン酸化(通常のリン酸化部位と異なる部位がリン酸化される)し、インスリンシグナルを著明に抑制する。つまり、インスリンがインスリン受容体に結合しても受容体以降のシグナル伝達が通常どおりにいかない。すると、インスリンが代償的に過剰に分泌され、高インスリン血症状態が続く。インスリンは上記したように、SREBP-1cを発現し、SREBP-1cIRS2の発現を抑制する。IRS2は上記の表に示す如く、通常、膵β細胞の増殖を促しているので、このIRS2タンパクの量が少なくなると、膵β細胞の増殖が不十分となる。この時期、膵β細胞は過剰のインスリンを分泌して疲労していると同時に、糖毒性や酸化ストレスなどにさらされており、機能も十分とはいえない。したがって、膵β細胞の数そのものが減少すると同時に機能も障害され、インスリン分泌が著明に減少することになる。もともと、インスリン抵抗性状態の時に血中インスリン値が減ると、インスリン受容体以降のシグナルは著明に阻害されることになり、その結果、著明な高血糖となる。 

【高インスリン血症による血圧

インスリンは交感神経の活動を高める作用や腎臓においてNa+, K+-ATPaseを活性化してNa+ の再吸収を促進し体内に貯留する作用もあり、これらのことより、血圧が上昇する。したがって、インスリン投与患者においては、Na+ が体内に貯留し、K+ が尿として排出することにより、体内にK+ が不足し、低K+ 血症となる場合もある。(その他、レニン・アンジオテンシン系を活性化する作用もある、この件については、高血圧症の項の記述予定) 

高インスリン血症による脂肪酸合成と脂肪分解抑制

また、血中インスリン値が増加すると、SREBP-1cが増加するが、このSREBP-1cはもともと脂肪酸合成酵素を転写する因子であることから、脂肪酸合成酵素の発現が著明に増加し、その結果、脂肪酸の合成が盛んになり、脂質異常症を来すことになる。

インスリンは脂肪分解を抑制する作用がある。脂肪分解については脂質異常症の項において詳述するが、まずcyclic AMPが産生され、次いでPKAが活性化され、PKAはホルモン感受性リパーゼをリン酸化して活性化する。活性化されたリパーゼは中性脂肪を脂肪酸へ分解し、脂肪酸は血中へ運ばれる。このような過程で中性脂肪は分解される。cyclic AMPはホスホジエステラーゼ3BPDE3B)によって5-AMPへ加水分解され不活性となるが、インスリンはPDE3Bを活性化することによって、cyclic AMP以降の反応を止める。したがって、脂肪は分解されないことになる。(図参照)

 

7.グリコーゲン分解と糖新生

【概観】

 インスリンはグルコースを細胞内へ運びグリコーゲンとして貯蔵する作用や、脂肪分解を抑制してグルコースや脂肪酸を貯蔵する方向にのみ働く生体内における唯一のホルモンである。インスリン以外にはこのようなホルモンはない。先史時代以前にはヒトは十分な食料を確保出来ず、満ち足りた食事が出来ないことから、グルコースや脂肪を溜め込むホルモンはインスリン一つで十分事足りたのではないかと推察される。

 グリコーゲンを分解するホルモンとしては、グルカゴン、アドレナリン、副腎皮質ホルモン、成長ホルモンなど種々ある。狩や闘争などエネルギーを激しく消費する状態は先史時代以前から延々と繰り返されてきており、このようなことから多くのホルモンが動因・利用されたのではないかと推察する。飽くまでも推察である。また、天変地異などによる飢餓の経験などから、タンパク質を分解してアミノ酸へ変換し、アミノ酸からグルコースへと変換するいわゆる糖新生を促すホルモンの遊離機構が発達してきたと記述するのは筆者の勇み足であろうか。

 日本という国に限定して考えてみた場合、国民のほぼ全員が食料的に満ち足りた思いをしているのはせいぜいこの数十年前からのことに過ぎないと思われる。つまり、栄養学的に考えて、日本人は全く未知の領域に急激に踏み込んでいると考えるべきで、このような視点から日本人の糖尿病発症機構を考察すべきであると思われる。黄色人種である日本人は飢餓に強い民族であることが種々の研究から明らかにされているが、飢餓に強い民族とは、少ない栄養を効率良く体内に脂肪として貯蔵する能力があることを意味する。事実、食べたものを出来るだけ脂肪として蓄積する倹約遺伝子(thrifty gene)がある。β3受容体遺伝子変異とかPPARγなどがそれに相当する。黄色人種(日本人)はこの倹約遺伝子が発達しており、少ない栄養を効率良く脂肪として貯蔵する優れた性質を有する。このような遺伝的性質は先史時代以前からつい最近までの時代における食料難にも生き永らえることを意味し優れているが、現代のような飽食の時代にはこの優れた遺伝的性質がかえって仇となってきている。この遺伝的性質こそが欧米人と日本人の糖尿病発症機構の相違と考えて間違いない。

 日本と欧米の街中を比較して見ると、大変失礼なことを記述するようだが、欧米の街中には何と極端に太っている方が多いのか、しかも中学生とか小学生までも肥満ではないか、と驚くことがある。反面、日本人は何とスリムかと思う時もある(この辺のところは、欧米の方が読まないことを前提に記述している)。がしかし、それにも関わらず、驚くべきことに日本では糖尿病患者が激増しているのである。この現象は、わずかな肥満(内蔵脂肪肥大化;つまり、男性で腹囲85センチ、女性で90センチ以上の内蔵脂肪。なお、女性の場合は皮下脂肪が厚いので、男性よりやや高めの値としている。)が糖尿病を誘発する可能性があることを意味する。

【グリコーゲン分解】

 空腹時は、血糖値が下がる。また、下がるから空腹感を感じる。しかし、脳や骨格筋は常にグルコースを必要としている。どうすべきか。肝臓におけるグリコーゲン分解と糖新生によってグルコースが血中へ放出され全身へ運ばれる。

 膵臓には外分泌細胞と内分泌細胞がある。外分泌細胞は、各種消化酵素を分泌する。例えば、炭水化物を分解する膵αアミラーゼ、タンパク質を分解するトリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼ、そして脂質を分解する膵リパーゼ(ステアプシン)などが外分泌細胞から分泌される。外分泌細胞から分泌される各種消化酵素は膵管を介して十二指腸へ分泌され、消化に関与する。  

 内分泌細胞は外分泌細胞に取り囲まれるように存在し、あたかも島状に存在する。1869年、ドイツの若き医学生であるランゲルハンス(当時若干20才!)がこの島を最初に発見した。ランゲルハンス島には3種類の細胞が存在し、それぞれ、Bβ)細胞、Aα)細胞、D細胞と呼ばれる。(図参照)インスリンはBβ)細胞から、グルカゴンはAα)細胞から、ソマトスタチンはD細胞からそれぞれ分泌される。


 インスリンは高血糖によって分泌されるが、グルカゴンは高血糖によって分泌は抑制される。食後の血中グルコース値、血中インスリン値、血中グルカゴン値は図のようになり、インスリンとグルカゴンの分泌はあたかも鏡像関係にある。(図参照)


 血中グルコース、遊離脂肪酸、アルギニンなどのアミノ酸によってインスリン分泌は亢進し、逆にグルカゴン分泌は低下する。一方、低血糖時にはグルカゴン分泌が亢進し、血糖値を上げる。なお、
D細胞から分泌されるソマトスタチンは、インスリン及びグルカゴンの分泌を抑制する。(図参照)

 次に、グルカゴンによるグリコーゲン分解について概説する。グルカゴンが肝細胞上の受容体に結合すると、受容体と共役しているGTP結合タンパク質が活性化され、GTP結合タンパク質のうち、αサブユニットにGTPが結合する。このαサブユニットは、アデニル酸シクラーゼを活性化して、ATPcyclic AMPへ変換する。cyclic AMPPKAprotein kinase A;リン酸化酵素)を活性化し、PKAは不活性型のホスホリラーゼキナーゼをリン酸化して活性型に変換する。活性型ホスホリラーゼキナーゼは、不活性型ホスホリラーゼをリン酸化して活性型に変換し、グリコーゲンからグルコースー1ーリン酸を切り出す。グルコースー1リン酸は、ホスホグルコムターゼによってグルコースー6リン酸へ変換される。グルコースー6リン酸は、グルコースー6ーホスファターゼ(脱リン酸化酵素)によってグルコースへ変換され、グルコースは血中へ放出され、全身へ供給される。(図参照)アドレナリンもβ2受容体に結合してグリコーゲンを分解するが、グリコーゲン分解に関してはグルカゴンの方がはるかに強い。

 なお、骨格筋にも大量のグリコーゲンが蓄えられているが、骨格筋はグルコースー6ーホスファターゼ(脱リン酸化酵素)を持たないため、グルコースー6リン酸からグルコースへと変換されない。従って、骨格筋は大量のグリコーゲンを有するが、全身へグルコースを供給出来ないことになる。骨格筋では、グルコースー6リン酸から解糖系へと進み、ピルビン酸へ変換され、ピルビン酸はクエン酸回路によってATPを産生する。しかし、酸素が不十分な場合は、ピルビン酸が乳酸へ変換され、この乳酸が血中へ運ばれる。血中から肝臓へ運ばれた乳酸は、ピルビン酸へ変換され、糖新生経路(後述)によってグルコースー6リン酸へ変換される。肝臓では、グルコースー6リン酸は脱リン酸化され、グルコースへ変換される。このグルコースが血中へ移行した後、骨格筋等へ運ばれる。このような経路をコリ回路(Cori cycle)という。 

【糖新生】

 絶食時における血糖値の維持について考え、糖尿病患者の空腹時血糖値の増加について想像をめぐらしてみたい。

 絶食時には、低血糖を認識して膵Aα)細胞からグルカゴンが分泌され、まずグリコーゲン分解が盛んになり、肝臓からグルコースを放出する。しかし、絶食が持続すると、肝臓に蓄えられているグリコーゲンに限度がある。そこで次の段階には糖新生が行われる。 
 
 絶食後、食事由来のグルコースは全ての組織で消費され、次いで、肝臓におけるグリコーゲン分解によって分解・放出されるグルコースが消費される。このグリコーゲン由来のグルコースは主に肝臓やその他の組織において消費されるが、インスリン分泌が減少しているため、骨格筋や脂肪組織における消費は減少する。このグリコーゲン由来のグルコースは、1〜2日で消費され尽くされ、次の段階として脂肪組織から脂肪酸が遊離され、この遊離脂肪酸の燃焼によってエネルギーを得ると共に糖新生によってグルコースが産生される(下図)。

 肝細胞において、細胞内へ流入したグルコースは、上記したようなグリコーゲン合成系によってグリコーゲンとなるが、同時に解糖系に入り、ピルビン酸まで変換されるとピルビン酸はミトコンドリア内へ入り、ピルビン酸デヒドロゲナーゼによってアセチルCoAになり、その後クエン酸となってクエン酸回路(TCA回路)にはいる。ピルビン酸はピルビン酸カルボキシラーゼによってオキザロ酢酸に変換され、クエン酸回路に入る(図参照)。クエン酸回路(TCA回路)によってNADH FADH2が生成され、これが電子伝達系に行き、ATPを産生する。

 糖新生においては、クエン酸回路のうち、リンゴ酸は膜輸送系によってミトコンドリア外へ運ばれ、リンゴ酸はオキザロ酢酸へ変換されオキザロ酢酸はホスホエノールピルビン酸カルボキシナーゼ(PEPCKによってホスホエノールピルビン酸となり、以下、赤矢印に示すような経路によって順次変換され、グルコースー6−リン酸まで変換された後、グルコースー6−ホスファターゼ(G6Paseによってグルコースへ変換され、生成されたグルコースは細胞外へ運ばれる。糖新生系において重要な酵素は、PEPCKG6Paseである。

 絶食が持続すると、タンパク質が分解されてアミノ酸となる。アミノ酸のうち、15のアミノ酸はそれらの反応性生物がグルコースに変化できるので、糖原性アミノ酸と呼ばれる。例えば、アラニンはピルビン酸へ、アスパラギン酸はオキザロ酢酸へ、グルタミン酸はαーケトグルタール酸へと変換され、糖新生に利用される。脂肪酸はアセチルCoAに変換され、アセチルCoAはクエン酸回路(TCA回路)に入り、糖新生に必要なNADH2を供給する。(図参照)なお、糖新生を行う細胞は、グルコースー6−ホスファターゼ(G6Pase)を有する細胞(グルコースー6−リン酸からグルコースに変換できる細胞)であり、肝細胞と腎細胞のみである。やはり、肝臓と腎臓が肝腎となるようである。

 糖新生において、中心的な役割を果たすタンパク質であるPEPCKG6Paseは種々の転写因子(FOXO1, CREB, HNF4α,グルココルチコイド受容体)によって転写が促進される。これらの転写因子がDNAのプロモーター部位に結合し、遺伝子の転写を促進し、mRNAが産生される。mRNAはリボソームにおいてタンパク質へ翻訳された後、小胞体へ移行し、ここで折りたたまれて、更に種々修飾を受けてゴルジ体へ運ばれる。(図参照)

 上記したようにグルカゴンは、肝細胞においてcyclic AMPを産生し、グリコーゲンを分解すると同時に糖新生を促進する。グルカゴンが肝細胞においてcyclic AMPを産生すると、CREB (cyclic AMP response element binding protein) が活性化され、このCREBがプロモーター部位に結合し、RNA合成酵素(ポリメラーゼ)によってPEPCKG6PasemRNAが産生され、mRNAがリボソームへ行き、タンパク質へ変換され、小胞体において修飾される。(図参照)

 副腎皮質から分泌される副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイドは細胞内へ入り、受容体と結合する。糖質コルチコイドと受容体が結合したものが、転写因子となり、図のようにグルカゴンの場合とほぼ同様にPEPCKG6Paseの転写を促進する。

 生体は常にATPを必要とする。ATPはグルコースを起点とした解糖系及びミトコンドリアにおける電子伝達系と酸化的リン酸化か、脂肪酸のβ酸化などから供給される。しかし、絶食の場合はグルコースが十分ではないため、上記のように糖新生が活発になり、肝臓からグルコースを放出することになる。では、糖尿病患者の場合はこの糖新生はどうなっているのか。実はこのことを記したいために延々と細かいことを記述してきた。糖尿病患者の場合は、空腹時血糖値が著明に増加している。

 日本薬学会の薬学用語辞典の糖尿病に関する説明は、“(1) 多尿、多飲、体重減少などの糖尿病症状かつ随時血糖値200 mg/dl(2) 空腹時血漿血糖値(FPG)126 mg/dl(絶食時間は最低8時間)(3) 75 g OGTT2時間血漿血糖値200 mg/dl 、の3項目のいずれかを満たし、かつ翌日以降の再検査で、上記の条件を満たせば糖尿病と診断される。”とある。つまり、空腹時血糖値も糖尿病の重要な指標の一つとなる。

 当たり前のことだが、糖尿病患者の肝臓の一部を切り取り、糖新生に関与するPEPCKG6Pase の発現変化や活性を測定することは出来ない。そこで、インスリン抵抗性モデル動物において、その発現の変化を見ると、これらの発現が著明に増加していることが報告されている。さらに、PEPCKG6Pase の遺伝子を過剰に発現すると、著明なインスリン抵抗性になることも明らかにされている。つまり、糖新生が盛んになることもインスリン抵抗性の一因になる。糖尿病患者の空腹時血糖値は高いが、食事もしない状態いわゆる空腹時においてなぜ血糖値が高いのか、一つはグリコーゲン分解もあるが、糖新生も関与していることが明らかとなってきた。

 では、糖新生系においてインスリンはどのような役割をしているのか。糖新生に関与するPEPCKG6Pase の遺伝子を転写する因子にはFOXO1も関係している。インスリンはこのFOXO1を抑制して、糖新生を抑制しているらしい。インスリン抵抗性の状態では、インスリンによる糖新生に対するブレーキが効かず、糖新生に関与するPEPCKG6Pase の遺伝子の発現が増加し、糖新生が増加することになる。インスリンの糖新生抑制に関してはまだ他の機構も報告されているが、ここでは詳述しない。(図参照)

 血糖値を測定する場合、空腹時の血糖値測定と、グルコースを負荷して2時間後の血糖値を測定する方法がある。糖尿病患者の場合、グルコース負荷2時間後の血糖値はインスリン抵抗性のため、グルコースが組織へ十分に輸送されず、グルコースがまだ血液中に留まり、その結果、2時間後の血糖値は高くなる。絶食などの空腹時(健康診断日の前日の夜10時頃から食事は取らない)において、糖尿病患者の血糖値が高いという現象はなかなか理解出来なかったが、グリコーゲン分解もさることながら、糖新生が盛んになっていることを考えると、血糖値が高いと云う現象もうなずける。

 現在のように食料が十分では無い時代において、天変地異などによって飢餓の状態が続くと、体はどうなるのか。体はATP産生のために常にグルコースを必要とする(脂肪酸によるATP産生があることはあるが)。ATPが無ければ、酵素反応は止まり、筋(心筋を含む)は収縮できず、一秒も生きられない。特に脳はグルコースが無いと活動は止まる。飢餓の場合、次のような過程を経てグルコースが産生される。まず、筋肉などのタンパク質が分解され、アミノ酸へ変換される。アミノ酸は肝細胞においてピルビン酸等に変換されて糖新生経路へ入り、グルコースが産生される。さらに、脂肪細胞において脂肪が分解され、脂肪酸がミトコンドリアにおいてβ酸化されATPを生成する一方、脂肪酸はアセチルCoAに変換され、アセチルCoAはクエン酸回路(TCA回路)に入り、糖新生に必要なNADH2を供給する。このような過程を経て、筋肉は細り、脂肪組織は消失し、骨と皮になっていく。つまり、もともと糖新生系は飢餓の状態に備えた生体の防衛反応といえる。

 では、糖尿病の時に糖新生系が活発になっているのはどうしてだろう。糖尿病は、インスリン抵抗性の状態になっていることから、インスリンがインスリン受容体に結合しても受容体以降のシグナルが伝達されないので、肝臓や骨格筋等へグルコースが十分運ばれなくなり、余ったグルコースが血液中に溢れることになる。この状態が持続すると、骨格筋や肝細胞はあたかも飢餓状態の時とほとんど似たような状況になる。そこで、糖新生系が活発になる。糖新生系を促進するために、グルカゴンや糖質コルチコイドの分泌が盛んになり、糖新生に関与するPEPCKG6Pase の発現が促進される。糖新生は上記したようにタンパク質が分解され、糖原性アミノ酸がピルビン酸等に変換されて促進するが、そのアミノ酸はタンパク質が分解されたものである。この状態はあたかも飢餓の状態に良く似ている。さらに、繰り返すようだが、糖尿病患者ではインスリン抵抗性になっているので、インスリンによる糖新生に対するブレーキが効かず、糖新生に関与するPEPCKG6Pase の遺伝子の発現が増加し、糖新生が増加することになる。


. ストレスと糖尿病

 生体にストレスが加わると、視床下部からCRHが分泌され、それが下垂体を刺激し、下垂体からACTHが分泌される。ACTHは副腎皮質から糖質コルチコイドを分泌し、ストレスに備える。更に、ストレスは交感神経の活動亢進により、副腎髄質からアドレナリンの分泌を促進する。この糖質コルチコイドは、上記したように、糖新生を盛んにする。グルカゴンが糖新生を促進することに関しては上述したが、糖質コルチコイドはグルカゴンやアドレナリンの作用を強くすることが知られている。

 糖質コルチコイドはインスリン拮抗ホルモンといっても差し支えない。グリコーゲン合成に関しては両者とも促進するが、残りのインスリン作用に関して、全て糖質コルチコイドは拮抗する。更に、糖質コルチコイドは膵β細胞からインスリン分泌を抑制する作用がある。したがって、ストレスによって糖質コルチコイドが分泌されると、血糖値が上がる。このような現象は、糖尿病患者にストレスが加わると血糖値はさらに上昇し、糖尿病が悪化することを意味する。つまり、ストレスは糖尿病を悪化するが、その原因は糖質コルチコイドやグルカゴンによる糖新生に原因があると考えてよいと思われる。事実、副腎皮質ホルモンを長期投与すると、糖尿病が誘発される現象は良く知られている。

閑話休題

ここで、先史時代におけるストレスを想像してみたい。例えば、猛獣などに襲われたと仮定してみる(強烈なストレスと考えられる)。素早く逃げなくてはならない。出来るだけ猛獣から遠ざかろうとする。つまり、走る。走る時には、どの方向に走ると云うか、効率良く逃げる方法を過去の記憶などを参考にしながら瞬時に考える(脳の活動に伴うグルコースの補充が必要)。また、走ることにより、骨格筋の収縮が繰り返される(骨格筋へグルコースの補充が必要)。長時間走る時は、各組織へ栄養を補給するため、交感神経の活動が活発となり、心臓の活動は活発となり、足などの血管は拡張する。更に、逃避行動は有酸素運動呼吸であることから、呼吸が活発となるので、気管支平滑筋は拡張する必要がある。

上記した脳の活動や、骨格筋の収縮にはグルコースが必要となる。つまり、血糖値を上げる必要がある。この時、副腎皮質ホルモン、グルカゴンやアドレナリンが分泌されるが、これらはいずれもグリコーゲン分解を促進すると共に糖新生を促進して血糖値を上げてストレスに備える。交感神経の活動が活発になると、副腎髄質ホルモンであるアドレナリンの分泌が盛んとなる。また、このアドレナリンは気管支平滑筋を拡張すると共に心機能を促進する。

今の時代においてストレス(職場などにおけるストレスなど)を受けた場合、まさか走って逃げることはあるまいが、上記の各種ホルモンの分泌が促進され、血糖値は上がる。

. 運動とインスリン抵抗性改善作用

 運動とは、極端に言うと骨格筋の収縮である。骨格筋が収縮する時は、ATPが加水分解されて、1モルのATPの加水分解によって7.3kcalのエネルギーが生じる。このエネルギーによって骨格筋が収縮する。

ATP + H2O → ADP + H2PO4 + 7.3kcal

 したがって、運動が持続するとADPが蓄積する。蓄積されたADPはアデニル酸キナーゼによってATPAMPへ変換される。AMPは、AMPキナーゼに結合してこれを活性化する。活性化されたAMPキナーゼは、GLUT4を膜へ移動させて、グルコースを骨格筋内へ運ぶ。この系によるグルコース取り込みはインスリンによる取り込みとは関係しない。

 AMPキナーゼは、アセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)をリン酸化する。ACCがリン酸化されると、活性は抑制される。ところで、脂肪酸が合成される最初の過程は、アセチルCoAからマロニルCoAへ変換されることから始まる。ACCはこのアセチルCoAからマロニルCoAへ変換される過程を促進するが、AMPキナーゼによってACCがリン酸化されると、アセチルCoAからマロニルCoAへ変換されなくなり、骨格筋細胞内のマロニルCoA濃度が減少する。通常、マロニルCoAは脂肪酸をミトコンドリア内へ輸送するカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1 CPT1)を抑制しているが、上記の過程によって細胞内のマロニルCoA濃度が減少すると、このCPT1は抑制から解放されて、脂肪酸をミトコンドリア内へ輸送することになる。ミトコンドリア内へ輸送された脂肪酸は、β酸化によって代謝されることになる。脂肪酸は、インスリン受容体基質であるIRS1をリン酸化してインスリンシグナルを低下し、インスリン感受性を下げる(インスリン抵抗性)作用があるので、上記の過程によって脂肪酸がミトコンドリア内へ輸送され、β酸化されると細胞内の脂肪酸は少なくなり、したがって、インスリンシグナルは改善されることになる。(図参照)

 更に、運動を行うと交感神経の活動が上がり、脂肪細胞上のβ3受容体が刺激されて、脂肪分解が起こり、脂肪細胞の肥大化が解消されることによってもインスリン抵抗性が改善されることになる。脂肪細胞からは、TNFα、レジスチン、遊離脂肪酸が分泌されており、それぞれインスリン受容体基質(IRS)をリン酸化して、インスリンがインスリン受容体に結合してもそれ以降のシグナル伝達が抑制されるので、インスリン抵抗性となる。運動は、脂肪細胞の肥大化を抑制するので、TNFα、レジスチン、遊離脂肪酸の分泌を抑制することにより、インスリン抵抗性を改善することになる。(図参照)



万歩計のお薦め

人間、年を取るとどうしても楽をしたくなる。雨の日は、近くのコンビニまで行くにもクルマで行っている自分に気づく。便利な世の中になればなるほど、運動が減る。つまり、便利な世の中とは、極端に云えば自分の体をあまり動かさずに済むことを意味するかも知れない。一方、テレビ報道などで、ココアやバナナが体に良いと云う内容の番組の後は、すぐにこれらが品薄になる現象があるが、冗談ではない。安易な方法に頼らないでほしい。老後の生活のために貯蓄は誰でもする。しかし、老後の健康のために運動を持続的にするヒトはめったにいない。一念発起してジョギングを始めても直ぐに飽きるか、途中で断念する。良くわかる。筆者などは一念発起さえしていない。運動が体に良いとは誰でもわかっている。分かってはいるが、運動を持続的に行うことがなかなか出来ない。どうすべきか。万歩計をお勧めする。別に万歩計の業者に依頼されて書いている訳ではない。

一日一万歩以上の歩数は普通のサラリーマンには無理があるかもしれない。特に一日中机に向かって仕事をしている方の場合の運動量は悲惨かもしれない。しかし、自分の運動量は把握しておく必要がある。自分がどの程度運動しているかどうかを一番手っ取り早く知る方法は万歩計の使用であろう。最近は、色んな種類の万歩計が販売されているので、是非、インターネットなどで万歩計を検索してほしい。なるべく、過去の運動量を記憶できるような万歩計をお薦めする。

通勤電車の中で、座れなくて立たざるを得ない場合が多い。しかしながら、立っている状態は十分に運動となる。それを簡単に説明したい。ヒトが直立している姿勢では、重力により膝が曲がろうとするが、膝が曲がると大腿四頭筋は伸びる。筋が伸びると反射が起こり、大腿四頭筋は収縮し、立っている状態が維持される。これを膝蓋腱反射と云う。つまり、立っている状態はこの反射が持続的に現れるので立っていることが可能となる。これは十分に運動である。一日の歩数が足りないと思われる方は、せめて通勤電車の中でなるべく立つようにしたらどうか。しかしながら、これが自分にとってストレスと感じる場合は、話は別である。立てば老後が楽となり、座れば今が楽となる。とかくこの世は難しい。立つか、座るか、ここが思案の通勤電車。

(文責:鎌田勝雄)




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