脂肪細胞とインスリン抵抗性

内容
1. はじめに
2.「成人病」、「生活習慣病」と「メタボリックシンドローム」
3.肥満と脂肪細胞
4. 脂肪細胞の種類
5. β3受容体と遺伝子変異
6. 脂肪細胞から遊離される種々の物質――レプチン
7.脂肪細胞から遊離される種々の物質――遊離脂肪酸(FFA; free fatty acid)
8.脂肪細胞から遊離される種々の物質――TNFα
9.脂肪細胞から遊離される種々の物質――アディポネクチン



1.はじめに
 メタボリックシンドローム(代謝症候群)という言葉が話題になって久しい。今年の健康診断から、腹囲の測定が開始される。男性では85センチ、女性では90センチ以上が要注意となる。(女性の場合、皮下脂肪が男性より厚いのでやや高めに設定されている)。少し肥満ぎみになり、お腹が出っ張って来つつある方はひやひやもんの健康診断といえよう(かく云う筆者も含めて)。ところで肥満といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名なモナリザは明らかにというか、間違いなくやや肥満体である。全般にルネッサンス時代に描かれた女性は、美しく表現すれば、ふくよかと云うか豊満、現実的に表現すれば、肥満体である。筆者なりに想像を逞しくして考えれば、まだまだ食糧難が続いたあの時代のスリムな体は「貧相な痩せ」と映ったかも知れないし、現在のように食料が十分に行き渡った時代において肥満体の人が増えてくると、痩せこそが美だと、美の基準が180度方向転換したのかもしれない。ただ、現在でも世界の一部の地域では肥満体の女性の方が男性にもてるそうだが、その地域でも疾病との関係で肥満対策が講じられてきている。また、2万5千年前のヴィーナス像(土偶)は完璧な肥満体と云うか、太りすぎの女性像となっている()。美にも相対性理論があるらしい。


7万5千年前の女性像がドイツ南西部の洞窟において発掘された。つい最近の雑誌Natureに掲載されている。マンモスの牙で作られた女性の小さな立像である。何故か、首は無いが、上図と同様に相当太っているというか、胸や臀部など相当豊満な身体をしている写真が掲載されている(Nature 459, 248-252, 2009 著作権の関係で写真を転載して良いものかどうか分からないので、写真は割愛させていただきます)。7万5千年前の旧石器時代のヒトは女性を評価する場合、肥満体が良かったのかも知れない。ただ、この時代では、子孫を残すことが女性の重要な役割だと思えるので、美しいと感じたか、丈夫と感じたかについては今後の議論が待たれる。 

  最近の傾向として、日本でも欧米型の肥満体の方もいることはいるが、欧米人と比較して日本人はまだそれほど肥満体の人は多くない。それにも関らず、日本では、糖尿病が激増している。どうしてこのような不公平なことが起きているのだろうか。これは日本人(黄色人種一般)の遺伝的性質、つまり飢餓に強い遺伝的素因に起因していると思われる。日本人の場合、1PPARγ、β3受容体遺伝子変異、カルパイン10などの倹約遺伝子(食べたものを出来るだけ脂肪として蓄積する遺伝子)が発達していることと、長年粗食に耐えてきたことによって肥満に対する耐性が無いこと、2)脂肪細胞からインスリン抵抗性を改善するアディポネクチン(後述)という物質が分泌されているが、日本人の約半数のヒトではこの遺伝子が変異していることや、3)膵β細胞からのインスリン分泌能が欧米人と比較して少ない(半分以下)、など種々考えられると共にこれらの複合因子が考えられる。疾病の場合、特殊な例を除き一つの因子によって発症することは無く、複数の因子が複合して疾病する場合がほとんどである。3)の膵β細胞からのインスリン分泌能に関しては「糖尿病の基礎知識」の項において記述したので、ここでは1)及び2)について記す。
  ここで極端な例を挙げてみたい。欧米人の1症例だが、太りすぎて歩行困難となってベッドに寝たきり状態となり、ドアが壊されて起重機によって持ち上げられて病因へ運ばれるという何とも悲惨というか、滑稽なニュースがあった。滑稽と悲惨は隣り合わせと云うが、このニュースはまさに滑稽であり、悲惨である。筆者はこのニュースを見て唖然・呆然となり、しばし人間の体の不思議さについて思いを馳せた。ちょっと待ってくれよ。歩行困難な状態になる前に食事を誰が世話したのか、誰かが世話したとしたら、歩行も覚束ない状態までどうして食事を運んだのか、更に不思議なことは、それほど肥満体になったら糖尿病を発症して逆に痩せる方向に行くのではないか、あるいは脂質異常症となり、心筋梗塞などで死亡するのではないか、など随分と考えたが、全く理解不能である。これは極端な症例である。しかし、この現象は欧米人が如何に肥満に対して耐性になっているかということを如実に物語っている。この肥満に対する耐性とはいったい何だろうか、膵β細胞の機能が十分なのか、あるいは内臓脂肪細胞から種々インスリン受容体の機能を低下させる物質が日本人などと比較して少ないのか、など多くの疑問点が残る。上記は特殊な例だが、日本人の場合、腹部周囲が男性では85センチを超えると要注意となる。何とも不公平な話ではないか。日本人はそれほど粗食に耐えてきた時代が続いたのだろうか。また、相当肥満でも生き永らえる遺伝的素因のヒトが子孫にその遺伝子を引き継ぐほどの環境が無かったのだろうかと種々疑問が湧く。

  上記したように日本人の場合、倹約遺伝子が発達しており、食べた物が脂肪として蓄積しやすい傾向にある。したがって、日本人は肥満体になりやすいことになるが、現実には欧米のようにそれほどの肥満体のヒトは見かけない。どうしてこうなるのか。「糖尿病の基礎知識」の項において、日本人の膵β細胞の機能は欧米人と比較して弱く、インスリン分泌能は低いことについて記述した。つまり、日本人の多くは欧米人のような肥満体になる前に糖尿病となり、痩せの方向に行くので肥満体になりきれないのではないかという疑問が湧く。インスリン分泌能が十分であるなら、高インスリン血症状態が持続し糖尿病とはならず、晴れて肥満体になれる。
2.「成人病」、「生活習慣病」と「メタボリックシンドローム」
  糖尿病、高血圧や高脂血症などは以前「成人病」と云われていたが、その後これらの疾病が若年者でも多発することから生活の習慣に基づく疾病と云う意味で「生活習慣病」と呼ばれるようになった。狭義の生活習慣病としては、糖尿病、高脂血症、高血圧などが相当する。しかし、喫煙や飲酒などの生活習慣を考慮すると、肺気腫や癌など多くの疾病が考えられる。また、糖尿病など狭義の生活習慣病には個人差があり、同じ生活習慣によって糖尿病を発症するヒトや全く影響の無いヒトに分かれる。そこで、狭義の生活習慣病を「メタボリックシンドローム」(代謝症候群)として言い表すと適切な表現となり、これは食生活、運動不足、加齢などいろんな原因による代謝の変化による症候群として表される。現在、メタボリックシンドロームは略されてメタボと云われ、揶揄を込めて太っているヒトに対してメタボと呼んでいるが、メタボの後にシンドローム(症候群)と云う大事な言葉があるので、どうせならメタシンとかに略して欲しかった。では、どういう過程で太っていくのか、また太るとどのようなことが生じるかについて次の項において概説する。
3.肥満と脂肪細胞
  「糖尿病の基礎知識」の項において、インスリン抵抗性になった時点から話を始めているが、この項ではインスリン抵抗性になるそもそもの始まりについて記述する。一部、遺伝的な病因を除けば多くの2型糖尿病の原因は脂肪細胞の肥大化、特に腹部内臓脂肪細胞の肥大化によってインスリン抵抗性の状態となる。肥満には、次の図に見られるように男性型肥満(リンゴ型肥満あるいは腹部肥満とも云う)と女性型肥満(西洋ナシ型肥満あるいは臀部肥満とも云う)がある。男性型肥満の場合、腹部の内臓周囲に脂肪細胞が増加し、この脂肪細胞からインスリン受容体の感受性を低下させる多くの物質(後述)が遊離される。女性の肥満の場合、臀部から大腿部へかけて脂肪細胞が増加するが、これらの部位の脂肪細胞からはインスリン受容体の感受性を低下させる物質は分泌されない。
  脂肪組織が肥大化していく過程を追って見る(図参照)。まず前駆脂肪細胞がPPARγ(peroxisome proliferator activated receptor γ)その他の因子によって刺激されて成熟脂肪細胞(正常脂肪細胞)となる。PPARγは転写因子である。ではどんな遺伝子を転写するかというと、リポタンパクリパーゼや脂肪酸輸送タンパク質(CD36)などの遺伝子の転写を促進し、脂肪細胞への脂肪酸輸送を促進する。具体的には、カイロミクロンやVLDLの中性脂肪をリポタンパクリパーゼによって分解し、脂肪酸を脂肪細胞へ運ぶことによって脂肪細胞が成熟する。また、グルコースが脂肪細胞へ取り込まれ、グルコースからマロニルCoAを経る経路によって脂肪酸が合成される。生活習慣の変化(高カロリーや運動不足など)によって脂肪細胞は次第に肥大化していき、肥大化脂肪細胞となる。脂肪細胞の大きさが上限に達し、これ以上脂肪を溜め込めない状態になると、周囲の前駆脂肪細胞がPPARγなどによって刺激されて成熟脂肪細胞となり、この状態において高カロリーや運動不足などが続くとこの成熟脂肪細胞も肥大化していく。

  脂肪細胞は細胞分裂することも最近明らかにされ、脂肪細胞の分裂が生じ、脂肪細胞の数も増加する。このような過程の連続によって脂肪細胞が肥大化すると共に数そのものも増加する(下に脂肪細胞の顕微鏡写真を示す)。

 上記のような過程で脂肪細胞の数及び各脂肪細胞の肥大化が生じると、脂肪細胞から種々のサイトカインが分泌される。脂肪細胞が肥大化すると、インスリン抵抗性を惹起する種々の物質(TNFα、脂肪酸、レジスチン)、肥満中枢を刺激して食欲を抑制するレプチン、インスリン受容体の感受性を良くするアディポネクチンの分泌低下、血液凝固を促進するPAI-1plasminogen activator inhibitor-1plasminogen activator を阻害して血液凝固の溶解を阻害する)、単球やリンパ球の遊走を引き起こすMCP-1monocyte chemoattractant protein 1)、angitensin IIの原料となるアンジオテンシノーゲンなどが分泌される。
 TNFαの分泌に関して、最近新しい考えが提唱されているので、これについて少し概説する(図参照)。高カロリーと運動不足によって成熟脂肪細胞が肥大化脂肪細胞になると、肥大化脂肪細胞からMCP-1が分泌される。MCP-1があるところに単球が引き寄せられるように毛細血管から遊走する。毛細血管から外へ遊走した単球は活性化されてマクロファージとなり、脂肪細胞の周りに集まり、このマクロファージがTNFαを分泌する。TNFαは全身へ運ばれ、インスリン受容体の感受性を低下する(インスリン抵抗性)ことになる。TNFαがインスリン受容体の感受性を低下する機序に関しては後述する。

4.脂肪細胞の種類
 脂肪細胞には白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の2種類ある(図参照)。白色脂肪細胞はヒトにおいて250~300億個あり、直径は正常(成熟)脂肪細胞において70~90μmであり、肥満時に130~140μmまで大きくなる。白色脂肪細胞は皮下や内臓周囲に多量存在する。白色脂肪細胞の脂肪滴には中性脂肪(トリグリセリド)が0.5~0.9μg貯蔵されている。つまり、白色脂肪細胞は脂肪を蓄積することが本来の役割と思われる。褐色脂肪細胞は、肩甲間、腎周囲、胸部大動脈周囲に少量存在する。脂肪滴が複数あり、この脂肪適に隣接するようにミトコンドリアを多数持つ。褐色脂肪細胞は、白色脂肪細胞から遊離された脂肪酸を取り込みエネルギー消費とそれに伴う熱産生に関与する(後述)。
5. β3受容体と遺伝子変異
 脂肪細胞は交感神経によって支配されている。交感神経の末端からはノルアドレナリンが遊離されて、脂肪細胞上のβ3受容体に結合する。ノルアドレナリンがβ3受容体に結合すると、GTP結合タンパク質を介してアデニル酸シクラーゼが活性化され、ATPcyclic AMPへ変換され、cyclic AMPprotein kinase A (PKA) の調節サブユニットに結合すると、PKAの触媒部位がホルモン感受性リパーゼ(中性脂肪分解酵素)をリン酸化して活性化し、中性脂肪はモノグリセリンと脂肪酸へ分解される。脂肪酸は血中へ出て、肝臓や褐色脂肪細胞へ運ばれる。

 褐色脂肪細胞上のβ3受容体にノルアドレナリンが結合すると、上記と同様な過程により、cyclic AMPが産生され、PKAが活性化される。PKACREB (cyclic AMP response element binding protein)を活性化する。CREBは転写因子であり、この場合、UCP1 (uncoupling protein 1) 遺伝子の転写を促進する。mRNAはリボソームへ運ばれ、UCP1タンパク質となり、更に小胞体及びゴルジ装置へへ移行した後、ミトコンドリアへ運ばれてミトコンドリアの内膜へ結合する。では、UCPとはなんだろう?
 グルコースが脂肪細胞内へ取り込まれると、解糖系を経てピルビン酸まで代謝される。ピルビン酸はミトコンドリア内へ運ばれた後、クエン酸回路(TCA回路)に入り、クエン酸回路によってNADHFADH2などが産生され、電子伝達系において基質となる。電子伝達系の複合体IにおいてNADHから電子が遊離されて、この電子が次々と複合体(II~IV)やユビキノン、シトクロームCを伝達される間にエネルギーが解放され、このエネルギーによって水素イオン(H+)がミトコンドリアの内膜と外膜の間に蓄積される(図参照)。つまり、複合体(I~IV)はプロトンポンプとなる。なお、電子が最終的に受け渡されるのは酸素(O2)である。このようにして内膜と外膜の間にH+ が蓄積すると、このH+ ATP合成酵素内にある穴を突き抜けてエネルギーを発生する。このエネルギーによってADPPO4が結合して高エネルギー化合物であるATPが生じる。これを電子伝達系と酸化的リン酸化という。つまり、電子伝達系と酸化的リン酸化はカップル(couple)している。(なお、コハク酸から始まる反応やFADH2が結合する複合体などに関しては省略している)。交感神経が興奮して、上記した過程によってUCP1が産生され、このUCP1はミトコンドリアの内膜へ結合すると、内膜と外膜の間に蓄積したH+ ATP合成酵素を経ずにこのUCP1内にある穴を通じてミトコンドリア内へ流入して熱を産生する。つまり、電子伝達系と酸化的リン酸化のカップルは脱する(uncouling)ことになる。UCP1の名前がuncouling protein 1、脱共役タンパク質と名づけられた所以である。

 例えば、冬眠状態の熊を想像してみよう。彼らは冬眠している間、運動もせずに熱を産生しているが、その熱は一体どこからくるのか。そう、上記の過程で熱が産生されることになる。では、脂肪細胞上のβ3受容体が遺伝的におかしくなり、十分に機能しないと考えたら、どうなるか。白色脂肪細胞の脂肪分解は減少し蓄積することになり、褐色脂肪細胞では熱が産生されず、グルコースや脂肪分解も抑制されることになる。このβ3受容体の遺伝子変異こそが日本人を含む黄色人種の特徴である。
 図にβ3受容体とその変異部位を示している。タンパク質はアミノ酸が結合したものだが、β3受容体の64番目のトリプトファン(Trp)がアルギニンに置換されると受容体としての機能が著明に阻害される。
  次に、人種別にその違いを見てみる。染色体は対になっているので、両方の染色体の遺伝子がトリプトファン(Trp)をコードする場合Trp/Trp(正常)と、片方の染色体のみがアルギニンに置換して変異しているのをTrp/Arg(遺伝子変異))と、両方の染色体の遺伝子が変異している場合をArg/Arg(遺伝子変異)とする。図では、イヌイット、ピマインディアン、日本人、アメリカ白人、フィンランド人、スエーデン人においてそのβ3受容体の遺伝子変異を調べている。イヌイットおよびピマインディアンは両方あるいは片方の染色体の遺伝子が変異している割合がほぼ6割近くになっている。日本人は彼らと比較すると、少ないものの、他の国のヒト達に比べると遺伝子変異が多いことに気付くと思う。アメリカ白人は変異が少ないものの、フィンランド人、スエーデン人は何故か多い。ここからは完全な想像だが、昔、ジンギスカンがヨーロッパ全体をかなり長期間支配しなかったか。フィンランドという国名は、フン族から来ていると何かの本で読んだ記憶があるし、フィンランド人の中には黄色人種の顔の特徴がたまに見られる。ここでは、文化人類学を論じるつもりは毛頭無い。筆者が強調したいのは、β3遺伝子変異の民族による割合の相違のことである。
  黄色人種の先祖がバイカル湖近辺から(?)アラスカへ移動して居住するようになったのがイヌイットで、さらに北米大陸まで移動して居住したのがピマインディアンであろう。アリゾナ州のピマインディアンは食生活が豊かというか、マクドナルドのハンバーガー(?)などを食べ過ぎて太り、糖尿病患者が人口の約 50%近くになっている。しかし、メキシコのピマインディアンはハンバーガーを食べないせいか、食生活の相違のせいか、あるいは経済的な理由による質素な生活のせいか、ほとんど太ってはいず、また糖尿病患者も少ない。そもそもβ3受容体遺伝子変異はピマ・インディアンに糖尿病患者が多いことから見出された。これらの事実は多くのことを物語っている。つまり、β3受容体の遺伝子変異が多い点など色んなことを考慮して日本人も先祖が同じだと仮定すると、食生活次第ではピマインディアンと同様に糖尿病患者が人口の50%になる可能性は十分にある。そう、食生活だ。あと運動も。しかし、良く分からないが、ピマインディアンは運動をしないのだろうか。
次にβ3受容体の遺伝子変異は何をもたらすかについて概説する。

下図にβ3受容体の遺伝子が変異した場合の安静時代謝と食事療法後の体重減少を示す。図のようにβ3受容体の遺伝子が変異した場合(Trp/ArgあるいはArg/Arg)、安静時代謝は極端に低下し、食事療法しても体重の減少が正常(Trp/Trp)と比較して少ない。つまり、脂肪細胞の中性脂肪代謝が少なくなる。これらの事実は、半数近くの日本人は食事療法してもなかなか体重減少効果がないことを意味する。冬眠する熊にはβ3受容体の遺伝子変異は絶対にないに違いない。あったら、熱を産生できずにあっという間に死亡するだろう。

このことを図に書いてみると、極めて簡単に理解できる。白色脂肪細胞では、受容体以降のシグナルが伝達されにくく、脂肪分解が生じにくくなり、また、褐色脂肪細胞では、UCP1が産生されにくく、熱の産生(脂肪酸の燃焼)が起こりにくくなる。したがって、食事療法後の体重も減りにくいし、安静時代謝量も低下することになる。



ところで、UCP タンパクは5種類あり、それぞれUCP1, UCP2, UCP3, UCP4, UCP5と呼ばれる。UCP1は褐色脂肪細胞にのみ存在し、UCP2は白色脂肪細胞、免疫系細胞、神経細胞などに認められ、UCP3は主に骨格筋、心臓などの筋組織において多く存在する。UCP2UCP3の生理的役割はまだ十分解明されていない。しかしながら、に示すように糖尿病患者の骨格筋において、UCP3タンパクの合成が著明に低下していることから、熱産生あるいは脂肪代謝に関連していると考えられている。


. 脂肪細胞から遊離される種々の物質――レプチン 

 脂肪細胞からは上記したように種々サイトカインが遊離される。肥大化した脂肪細胞からレプチンが遊離され、視床下部の満腹中枢を刺激して食欲を抑制すると同時に末梢臓器にも作用して、グルコースの輸送を促進したり、インスリン受容体の感受性を亢進する(この作用に関してはアディポネクチンの項において後述する予定)。

血中レプチンの高濃度状態が持続すると、視床下部のレプチン受容体はレプチンに対する感受性が鈍り、満腹中枢を刺激する作用が減弱し、レプチンによる食欲抑制作用は消失することになる。視床下部は自律神経の最高中枢である。レプチンが視床下部に作用することにより、交感神経の活動が亢進し、心拍数増加、末梢抵抗血管の血管収縮などにより血圧が上昇する。不思議なことに、視床下部がレプチンに対して耐性になって食欲抑制作用が消失してもレプチンによる交感神経の活動亢進作用については耐性が生じない。つまり、肥満が進行するとレプチン耐性となり、レプチンによる食欲抑制作用に対して耐性となってますます肥満となるが、交感神経活動促進作用は残る。したがって、肥満が進行すると共に交感神経の活動亢進により、血圧が上昇することになる。

また、交感神経の活動が上昇すると腎臓からレニンというホルモンが分泌される。レニンはアンジオテンシノーゲンを切断し、アンジオテンシン Iを生成する。アンジオテンシン I はアンジオテンシン変換酵素によりアンジオテンシン II へ変換される。このアンジオテンシン II が血管平滑筋を収縮して血圧を上昇する一方、アルドステロンというホルモンを過剰に分泌して血中のNa+を増加して更に血圧を著明に増加する。上記したアンジオテンシノーゲンは肝臓で産生され、血中に存在するが、肥大化脂肪細胞からも分泌されることが明らかとなってきた。また脂肪細胞由来のアンジオテンシノーゲンは血圧を上昇する上で、重要な役割を果たすことも明らかとなってきた。このように脂肪細胞が肥大化すると、1)交感神経活動の亢進、2)レニン・アンジオテンシン系を活性化して高血圧を招く。肥満患者において高血圧症が多いのはこのためである。高血圧が持続すると、血管壁が常に圧迫されて血管の内膜(内皮細胞)がストレスに曝される。内皮細胞に対するストレスが持続すると、これが原因となって動脈硬化となる。(高血圧と動脈硬化については、高血圧の項で詳述する予定である.

交感神経の活動が亢進することによって、ノルアドレナリンが遊離され白色脂肪細胞上のβ3受容体に結合することによって中性脂肪が分解し遊離脂肪酸が分泌される。遊離脂肪酸は褐色脂肪細胞に運ばれ、ミトコンドリア内に輸送された後にβ酸化される。また、褐色脂肪細胞上でノルアドレナリンが遊離されると、β3受容体を介してUCP1が産生され、脂肪の燃焼が促進される。事実、レプチンを過剰に発現したマウスでは、脂肪細胞が極端に減少する。したがって、肥満の治療薬としてレプチンを遊離する薬が有望であるが、高血圧を招くことから、臨床的に使用可能かどうか、議論の分かれるところである。

7. 脂肪細胞から遊離される種々の物質---遊離脂肪酸(FFA; free fatty acid)



 脂肪細胞が肥大化すると、特に内臓に存在する脂肪細胞から遊離脂肪酸が遊離される。この脂肪酸は褐色脂肪細胞において燃焼されるが、一部骨格筋や肝細胞にも
CD36というタンパク質によって運ばれる(上図参照)。例えば、骨格筋内へ運ばれた脂肪酸はプロテインキナーゼCを活性化し、更にIκB kinase (IKK)が活性化されて、インスリン受容体基質であるIRS1タンパクのセリン残基をリン酸化する。この経路によってIRS1タンパクがリン酸化されると、正常なリン酸化過程が阻害され、結果的にIRS1以降のシグナルが伝達されず、GLUT4を膜に移送できない。したがって、この状態がインスリン抵抗性となる。つまり、骨格筋細胞内においては脂肪酸が少ない方が良い。なお、肝細胞においては同様な経路によってインスリン受容体基質であるIRS2タンパクのセリン残基がリン酸化され、それ以降のシグナル伝達が阻害され、グリコーゲン合成などが抑制される(インスリン抵抗性)。これらのことから、肥大化脂肪細胞から遊離した脂肪酸は、インスリン受容体受容体基質(IRS1, IRS2)をリン酸化することによりインスリン抵抗性を全身において示すことになる。つまり、インスリンが受容体に結合してもそれ以降のシグナルが伝達されないことにより、インスリン抵抗性となる。

8.脂肪細胞から遊離される種々の物質――TNFα


  脂肪細胞が肥大化すると、脂肪細胞からMCP-1が遊離される。MCP-1は単球を引き寄せ、細胞外に出た単球は活性化されてマクロファージとなる。このマクロファージは脂肪細胞の周囲に集積し、ここからTNFαを分泌する(TNFαは、脂肪細胞から分泌されると云う考えもある)。TNFαが受容体に結合するとセリン・スレオニンキナーゼであるJNKc-Jun amino-terminal kinase)がインスリン受容体基質であるIRS1のセリン残基をリン酸化する。この経路によってIRS1タンパクがリン酸化されると、正常なリン酸化過程が阻害され、結果的にIRS1以降のシグナルが伝達されず、GLUT4を膜に移送できない。したがって、この状態がインスリン抵抗性となる。また、TNFαは、GLUT4の発現を抑制する作用もある。TNFαのこれらの作用は著明なインスリン抵抗性を示す。


9.脂肪細胞から遊離される種々の物質――アディポネクチン


  
脂肪細胞が肥大化すると、
TNFα、遊離脂肪酸、レプチンなどの分泌が増加するが、アディポネクチンは上図のように逆に減少する。肥大化脂肪細胞からのアディポネクチン分泌減少については未だ良く判明していないが、活性酸素種(過酸化水素)が関係しているのではないかと推察されている。次の図に示すように、培養した脂肪細胞に過酸化水素を与えると、濃度に応じてアディポネクチンのmRNAが減少していることが分かる。つまり、脂肪細胞が肥大化すると脂肪細胞において活性酸素の産生が増加し、この活性酸素がアディポネクチンの発現を抑制することが明らかとなった。しかし、まだ他の因子の関与も考えられる。この点は今後の重要な研究課題と云える。

 アディポネクチンは、TNFαや遊離脂肪酸と異なり、インスリン受容体の感受性を上げる(インスリン抵抗性を減弱する)作用がある。次の図において、血中アディポネクチンとGIRglucose infusion rate;インスリン感受性試験において、既知量のインスリンを体内に注入しつつ、血糖値を一定の値に保つために対外から持続的に注入するグルコースの注入速度)の関係を示す。図のように血中アディポネクチン濃度が高いほどGIRは増加(インスリン感受性は高くなる)することが明確である。

次に、アディポネクチンの骨格筋への糖輸送とインスリン感受性機構について考えてみる。アディポネクチンが骨格筋上の受容体(7回膜貫通型受容体)に結合すると、α2AMPキナーゼが活性化される。α2AMPキナーゼはGLUT4 (glucose transporter 4) を膜面に移動させ、GLUT4はグルコースを図の如く細胞内へ運ぶ。このアディポネクチンによる細胞内へのグルコース輸送はインスリンによる輸送とは関係ない。「糖尿病の基礎知識」の項で触れた、運動とインスリン抵抗性改善作用の項で述べた運動の結果によるAMPが増加し、このAMPAMPキナーゼを活性化する経路と同じである。つまり、アディポネクチンは運動効果とほとんど類似の作用を示すことになる。



 アディポネクチンが骨格筋細胞上の受容体に結合すると、上述したようにAMPキナーゼを活性化する。 AMPキナーゼは、アセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)をリン酸化する。ACCがリン酸化されると、活性は抑制される。ところで、脂肪酸が合成される最初の過程は、アセチルCoAからマロニルCoAへ変換されることから始まる。ACCはこのアセチルCoAからマロニルCoAへ変換される過程を促進するが、AMPキナーゼによってACCがリン酸化されると、アセチルCoAからマロニルCoAへ変換されなくなり、骨格筋細胞内のマロニルCoA濃度が減少する。通常、マロニルCoAは脂肪酸をミトコンドリア内へ輸送するカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1 CPT1)を抑制しているが、上記の過程によって細胞内のマロニルCoA濃度が減少すると、このCPT1は抑制から解放されて、脂肪酸をミトコンドリア内へ輸送することになる。ミトコンドリア内へ輸送された脂肪酸は、β酸化によって代謝されることになる。脂肪酸は、インスリン受容体基質であるIRS1をリン酸化してインスリンシグナルを低下し、インスリン感受性を下げる(インスリン抵抗性)作用があるので、上記の過程によって脂肪酸がミトコンドリア内へ輸送され、β酸化されると細胞内の脂肪酸は少なくなり、したがって、インスリン抵抗性は改善されることになる。(下図参照


 アディポネクチンは、上記の作用の他に転写因子であるPPARαを活性化する作用も示す。では、PPARαとは何か、何を転写するかを調べてみる。下図のよぅにアディポネクチンがPPARαを活性化すると、脂肪酸の燃焼などに関連する酵素が産生されることも明らかとなった。なお、中性脂肪低下薬であるフィブラート系薬剤の標的タンパクは、PPARαである。

 アディポネクチンの作用をまとめると、1)インスリン受容体を介さない糖取り込み促進作用、2)細胞内の脂肪酸を減少してインスリン受容体の感受性を上げる作用、3)脂肪酸の燃焼などである。アディポネクチン受容体も同定されているので、脳内へ入らず、アディポネクチン受容体に特異的に結合する化合物は、肥満・2型糖尿病を著明に改善することが期待される。

 なお、レプチンもアディポネクチンとほぼ同様な機序により、インスリン抵抗性を改善する。次にレプチンとアディポネクチンの作用の相違をあげた。

(文責:鎌田勝雄)



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